綺麗な人

1/1
前へ
/2ページ
次へ

綺麗な人

 九月……。毎年この季節。  車の入れないなだらかな坂道を上って行くと、道の両側の土手に咲いた真っ白な花たちがやさしく迎えてくれる。  花の名前は知らないけれど……。 その可憐さは、まだ汗ばむこの時期に涼やかさを与えてくれる。  初めの頃は、まだ歩けなくてベビーカーに乗せていた孫の(れい)もいつの間にか、来年から幼稚園に通う歳になっていた。  その黎が、先に元気に走って行ったはずが白いその花をじっと見ている。  まるで誰かと話しているかのように……。 時々頷きながら笑顔で……。  ようやく辿り着いた私は 「黎、どうしたの? 花とお話していたのかな?」 「ううん、きれいなお姉さんとお話してたの」 「どんなお姉さん?」と聞くと 「髪の長い白い服を着たやさしいお姉さん。ずっと前から、いつもここに来るとお話してたよ」と言う。 「えっ?」 この子は、幻を見ているのだろうと、その時は気にも留めなかった。  あれから二十年……。 黎は、二十四歳になっていた。  美大を卒業しウェブデザイナーとして会社に勤めている。  何だか忙しいようだ。仕事の内容は何度聞いても良く分からない。  でも本人は仕事が楽しいようで、それが何よりだと思っていた。  会社の近くにマンションを借りて、一人暮らしも二年になる。  初めの頃は、とにかく心配で、ちゃんと食べているのか洗濯物はどうしているのか度々電話する私に……。  黎はいつも優しく笑いながら……。 「おばあちゃんは心配性なんだから。大丈夫だよ。二十四時間いつでも食事出来るところだってあるし、洗濯機は乾燥までしてくれる便利な最新式を買ったよ。また九月には帰るから一緒に母さんのお墓参りに行こうね」 「そうね。黎は感心ね。お母さんの命日を忘れていないものね」 「父さんは、また忘れてるの?」 「そうなのよ。毎年九月のお彼岸には行くのにね」  母親のさゆりさんは……。 黎を産んで一歳の誕生日を祝う事もなく亡くなった。  スキルス胃癌。若ければ若いほど進行の早い癌だと医者に言われた。  病名が、やっと解った時には、すでに末期。まだ二十三歳の若さだった。  それから祖母である私が母親代わりに育てた。  黎の父親である私の一人息子の俊介と三人で暮らして来た。  そして九月。二十四年目のお墓参り。  回を重ねる毎に私も歳を取っていく。 初めの頃は、黎を母親代わりに育てていかなければと気も張っていた。  大変だったけれども体も動いた。その私も今や七十代。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加