恩返しの機会

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「誤解されたくないから言うけど、僕は君の能力の詳細を知りたいわけじゃない。ただ君のあの能力なら、セキュリティなんて関係なく、研究所内に直接ポータルを開いたりできるのかなって……期待しただけ」  イリヤはすがるような眼差しを賢人に向けたが、彼はそっぽを向いたままで何も言わない。  見かねた雄士がそっと肩に手を置くと、賢人はすぐに意図を察した様子で微かに口角を上げた。 「ご褒美はありますか?」 「ある」 「何ですか? 今回ばかりはげんこつとか言うのはなしですよ」 「……ああ。この作戦が成功したら、何でも一つお前の言うことを聞くっていうのはどうだ?」 「やります」  咄嗟の提案に即答されて少々面食らいつつ、雄士はほっとしてイリヤとショウに視線を向ける。 「作戦の指揮は俺に任せてもらえますか?」 「もちろん。僕達を部下だと思って遠慮なく命令して」 「助かります。作戦中は気を遣うのも時間の無駄なので」 「だね。一応確認だけど、何か保険はいらない?」 「なんの話ですか?」 「はは、そうくるか……罠の可能性も考えないと。君もエージェントだろ?」 「なるほど……どうする賢人?」 「罠だったら全員殺すだけです」 「それはだめだ。俺達の安全確保に必要な最低限にとどめろ」 「了解」  雄士と賢人のやりとりをじっと聞いていたイリヤは、ショウと顔を見合わせてふっと笑った。 「べつに殺されたっていいよね、翔太が自由になれるなら」 「ああ」  既に覚悟は決まっている様子で、イリヤとショウは深く頷き合う。  二人の固い決意を受けとめた雄士は、彼らを部屋の中心へと促し、目の前にしゃがみ込んだ。 「では枷を外します」 「ありがとう」 「恩に着る」 「ああそうだ……言い忘れてましたが、作戦が成功したら俺達の組織に入って下さい」  二つの足枷を適当に床に放り投げ、雄士は食事にでも誘うかのようにさりげない口調で言った。  その背後から冷ややかに見下ろしてくる賢人と笑顔の雄士を交互に見て、イリヤは小さくため息をつく。 「さすが……最高に断りにくいタイミング」 「お二人とも『恩返しの機会が欲しい』って顔をしていたので」  穏やかながら有無を言わせない雄士の笑顔を苦笑いで見返したのち、イリヤはふっと表情を緩めた。 「さすがに君の大好きな『ありがとう』でも足りないか……君の大切なパートナーを借りるとなると」 「いいえ、俺も賢人もそれで充分です。でもあなただって誰かに言われてみたいでしょう? その言葉」 「……みたい」  イリヤはぐっと唾を飲み、真っ直ぐに雄士を見返した。  その眼差しに溢れた抑えきれない高揚感は、研究への熱意を漲らせ、好奇心にまかせて突き進んでいた若き日の彼を彷彿とさせる。  懐かしさに思わず目を細めたショウは、無意識のうちに口元を緩めながら雄士に向かって右手を差し出した。 「イーリャ共々よろしく頼む、指揮官殿」 「こちらこそ」  イリヤ、ショウとそれぞれ握手を交わした雄士は、賢人の決断に敬意をこめ、彼の肩を軽く叩く。  微かに左の口角を上げた賢人は、するりと指を絡めて雄士の手をしっかりと捕まえた。
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