血の導き

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「スリーカウントで翔太の元に飛ばす。ポータルは開いたままにしておくから、翔太を確保したら一緒に入れ」  落ち着いた声で「了解」と応じたショウの傍ら、イリヤは微かに震えた声で言う。 「間違えて地獄に飛ばしたりしないでね……?」 「そんなつまらない冗談で緊張が解けるのか?」 「いや、ぜんぜん……」  再び賢人に鼻で笑われたイリヤは、ショウの手をきつく握り直して無理やり気分を落ち着かせながら、彼に話しかける。 「翔太に不審者だと思われて攻撃されたらどうする?」 「さすがに俺達のことを忘れてはいないだろ。赤ん坊じゃないんだから」 「そっ、そうだよね? さすがに忘れてはないよね……?」 「カウントするぞ」 「ままっ、待って! もうちょっとだけ……」  余裕綽々でイリヤを弄びはじめた賢人を見て密かにため息をつきながら、雄士は息子との再会を目前にして極度に緊張している様子の二人に声をかける。 「再会を喜ぶのはここに帰ってきてからだ。それまでは一瞬たりとも気を抜かないように」  二人はしっかりと頷き、「了解」と声を揃えた。  ふと感極まった面持ちで何か言おうとしたイリヤを、賢人は冷静に制する。 「礼を言うのも帰ってきてからだ」 「……わかった」 「健闘を祈る」  雄士の一言の直後カウントダウンが開始され、会議室内の緊張感は頂点に達した。  賢人が「1」を口にしたのと同時にイリヤとショウが忽然と姿を消すと、途端に雄士は表情を曇らせる。 「すぐに翔太君を連れて戻って来るのに、なぜイリヤはわざわざあのタイミングで礼を言おうとした?」 「あれは一般的には死亡フラグ……不吉な前兆ですが、あいつの場合、予感ではなく予知が原因でしょう。あのつまらない冗談の直前、あいつの顔から血の気が引くのを見ました」 「『予知』か……」  賢人が言うようにイリヤの表情が俄かに変化した瞬間があったのを思い出し、雄士は神妙な面持ちで二人が消えた空間を見つめる。  覚悟していた痛みはなかったにも関わらず、彼が急に怖気付きはじめたことも、今思えば確かに不自然だ。 「予知は可能性の一つであって、未来そのものじゃない。わかっているからあいつは行ったんです。俺達も捉われてはいけない」 「……わかった」  雄士が深呼吸して瞑想を始めようとしたその時、額にひやりとした手があてがわれた。  ポータルを通して賢人に聞こえている「向こう側」の音声が、雄士の頭の中にも響く。 『ああ……なんてことだ……』  ひどく動揺したイリヤの声に、雄士と賢人は同時に顔を見合わせた。  最悪な展開が脳裏をよぎり、雄士は上ずった声で尋ねる。 「翔太君に何かあったのか?」 『いや、翔太は無事だ』  すぐに応答したショウの声にも微かな動揺がみられ、雄士は急激に心拍が速まるのを感じた。  わずかな呼吸の乱れから、賢人も焦っているのがわかる。 「だったらさっさと……」 「待て」  二人に帰還を促そうとする賢人を制し、雄士は口元に人差し指をあてて「静かに」と声をひそめる。 「向こう側」の音に集中すると、彼はすぐに現場の状況を把握した。 「今すぐ翔太君をこちらへ。入れ替わりで俺と賢人が行く。ジャオと羊歯は送られてくる子供達の安全を確保しろ」 「子供? どういうことだ?」 「いいから状況に備えろ。二十人前後は来る」 「わかった!」  ジャオが返事をするのと同時に、「向こう側」から少年の声がした。 『僕もここに残って手伝います、指揮官殿』 「翔太君か。有難いがそっちは俺達だけで充分だ。こっちを任せてもいいか?」 『了解』 「行くぞ賢人!」  先程から「厄介なことになった」とはっきり顔に書いてあった賢人は、雄士に腕を掴まれて観念したように目蓋を伏せる。  送られてきた少年と入れ替わりに、雄士は賢人を連れてポータルに飛び込んだ。
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