「大人」と「子供」

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「大人」と「子供」

 一瞬にして超長距離を移動した雄士と賢人は、一角に檻を備えた真四角の部屋にたどり着いた。  以前雄士が三日間過ごしたCESIA本部の地下にある部屋とよく似た造りだが、広さは倍以上あり、非常に高い天井も含め全体が真っ白なせいか、平衡感覚が狂うほど空間自体が眩しい。家具は一つもなく、関係者以外から見れば用途不明な部屋である。  ひどく殺風景かつどこか不気味なこの部屋の住人達は、まるで時が止まったように各々違う姿勢で固まったまま、じっと侵入者達の様子を窺っている。  檻の中の者も外の者も、雄士がざっと顔を見渡した限り、やはり全員が「子供」と呼べる年齢のようだ。 「ごめん……さっさと帰ればよかったのに、君達まで危険にさらすことになって……」  自分の判断に自信がもてない様子で、イリヤは震える声で言った。  周囲の状況確認に集中している雄士に代わり、賢人は淡々と応じる。 「見て見ぬふりをして帰ってくれば、雄士さんの手で楽にしてもらえたのに……残念だったな」 「さすがに殺しはしない。何本か骨を折る程度だ」  雄士がぱっと振り向いて言うと、賢人は「聞いているとは思わなかった」とでも言いたげに微かに驚いた表情をみせる。  雄士はふっと笑って彼の肩を叩き、イリヤ達と向き合った。 「外側の子供達はすぐに保護できるとして、問題は檻の中の子達だな。……それにしても、ここはなんのための部屋なんだ?」 「檻の中にベッドがあるので、中の彼らにとっては住居だとして、外の彼らはどこかから連れて来られたんでしょう。恐らく何かの訓練や実験のために」  落ち着いた様子で意見を交わす雄士と賢人を交互に見て、イリヤは呆然と尋ねる。 「もしかして想定内だったの……?」 「何も想定できない状況で想定外もクソもない。とにかく子供達に声をかけよう。抵抗されても無理やり送り出すしかないけど、できる限り安心させてやるように」 「ああ、うん……」  至って冷静な雄士の指示に上の空で応じたイリヤは、徐々に自分が置かれた状況を理解しはじめるのと同時に、深く打ちのめされた。  翔太がここに連れ去られたのは研究のためだと分かっていたはずなのに、どうしてこの場に囚われているのが「翔太だけ」だなんて思い込んでいたのだろう?  冷静に考えれば分かったはずだ。第二研究所は、完成してから二年も経っている。その間に攫われた子供がたった一人である可能性の方が、はるかに低いと……。  子供達を手際よくポータルに導いていく雄士を手伝いながら、イリヤは「しっかりしろ」と何度も自分に言い聞かせた。  自分の子を助けたいという一心が、どれほど自身の視野を狭めていたかを思い知らされた今、雄士が言った「何も想定できない」という言葉が、ようやく腑に落ちる。  囚われている子供は何人いるのか? その子達は、翔太と同じ空間にいるだろうか? すぐに助け出せる状況か?──そんな風にありとあらゆる想像をした上で、彼は「何も想定できない」と判断したのだ。  彼がこの作戦にプランBやCを作らなかったからこそ、今まさに最速の「臨機応変」が実現されているのだろう。
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