奇想天外な男

2/2
前へ
/33ページ
次へ
「全員今すぐ頭を切り替えろ。ここから無事に脱出したければ、慌てず落ち着いて行動することだ。私物は全て置いていけ。自分と仲間の命を守るために、両手は常に空けておくんだ。いいな?」  雄士の指示にはきはきと返事をする子供達を眺めながら、賢人は思わずふっと笑いを漏らした。  先ほど遺憾なく「天使」の本領を発揮した雄士は、たった二言三言で彼らの不安を取り除いてしまった。それが彼らの中で信頼に変わり、今はこうして「指揮官」の本領を発揮できているというわけだ。  全てが計算の上なら感心にとどまるが、雄士の場合「助けたい」という一心で動いているだけなのが賢人にとっては奇想天外で、見ていてどうにも面白いのだった。 「いま笑うとこあった?」  ふと先ほど最初に質問に応えた、そして最初に礼を言ってきた少年に話しかけられ、賢人は笑みを消し去った。  少年は怪訝そうに眉をひそめたまま、少し焦った様子で続ける。 「急がないとマスターが来ちゃうよ」 「マスター? ここの責任者のことか?」 「わかんない。マスターはマスターだよ。俺達が騒ぐとすぐにとんで来るんだ」  少年の言葉を受けたイリヤとショウは注意深く周囲を見回したが、すぐに無駄だと諦めた。STI本部においても、目視可能な状態で設置されている監視カメラは一つもない。  一方賢人は何の心配もない様子で言った。 「お前達がどんなに大声で騒いでも、今ここには誰も入ってこられない」 「……ほんとに?」 「うん。だけど時間が経てば状況も変わる。油断するな」 「わかった、ありがとう!……名前なんていうの?」 「リグラト」 「……えっ⁉︎」 「冗談だ。行け」  ひとしきり子供達をからかって満足した様子の賢人は、檻を元の状態に戻すと雄士の元に歩み寄った。  肘鉄を食らわないようにか少し距離を置いて立っている彼に気がつき、雄士はふっと笑う。 「べつに怒ってないぞ」 「とか言って、近づいたらつねってくるんでしょ?」 「いいや。お前は子供達と一緒に遊びたかっただけだろ? 可愛いから許す」 「……」  図星だったのかすっかり黙り込んだ賢人をよそに、雄士は一人の少年に尋ねる。 「どうして君達は檻の中にいたんだ?」 「……え? Type:Eだからです」 「Type:Eだからってどうして……」  ふと少年の不思議そうな表情に気がつき、雄士は言葉を切った。  もはや聞くまでもない。この施設において、「Type:Eは檻の中で過ごす」のが当たり前なのだ。 「……わかった。行け」  少年の背中をそっと押し、雄士は俯いた。  俄かに険しくなったその表情に気がつき、賢人は念を押すように言う。 「俺達もすぐに引き上げましょう」 「わかってる。助け出した後にこそ俺達の力が要るんだ。無事に帰らないとな」 「はい」  賢人がほっとして最後の一人──雄士の読み通り、二十人目の子供をポータルの向こう側に送り出したその時、耳をつんざくような甲高い悲鳴が室内に響き渡った。  断末魔の叫びのような尋常ならざるその悲鳴は、イリヤのものだった。 「イーリャ⁉︎」  後ろに倒れていくイリヤの背中を受けとめたショウは、同時に目を瞠った。小柄なその体は何故かずっしりと重く、まるで二人以上の人間を抱えているかのようだ。  イリヤが急に大量の血を吐いたことで気が動転しているショウは、イリヤの身に何が起こったのかまだ把握できていない。  しかしイリヤが悲鳴を上げた瞬間から、雄士と賢人は彼の下腹部だけをじっと見据えていた。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加