【第四部】「キーラ」

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「虚言じゃないだろうな?」 「本当だって! リャンは君と同じように、僕の能力で気絶したふりをしてたんだ。君達の仲間じゃないなら、一体どこの組織の差金だろう……?」 「お前の話が本当なら、リャンは二人いることになる」  賢人の唐突な発言に、雄士は「どういうことだ?」と目を丸くする。 「俺達がリビングを離れるまで、リャンは間違いなくただの人でした」 「何故そう言い切れる?」 「虹彩を確認したからです」 「……虹彩を? どうやって?」  訝しげに尋ねた雄士に、イリヤが驚いた様子で応えた。 「あれ、知らないの? Type:Iの視力なら肉眼で確認できるんだよ。個人差はあるけど、僕は2メートル以内ならいける」 「それは……すごいですね」  純粋に驚きつつ、雄士は「聞いてないぞ?」という目で賢人を見る。  雄士の瞳の奥を見透かすように目を細めた賢人は、ふと口元の笑みを消し去ると、イリヤに鋭い眼差しを向けた。 「お前はリャンと話している時に気づいたのか? エクシーダーだと」 「いや……彼は虹彩を完璧に偽装してたから、姿を消す瞬間まで気づけなかった。だから彼が『公安の犬が紛れ込んでる』って言い出すまで僕は無警戒で、クラウドの防壁さえ展開してなかったんだ」 「クラウドは所有者にしか感知できないから、いつから防壁を展開していたかはお前にしか知り得ないし、お前が嘘をついていないという証拠にはならない」 「確かにそうだけど……」  依然としてイリヤの証言に対する疑念を拭えずにいる賢人を見かね、雄士はそっと彼の肩に手を置いて言った。 「お前はもちろん本当のことを言ってるし、イリヤさんも嘘をついていない……俺はそういう前提でこの件について考察しようと思う」 「……了解」  少々呆れた様子を見せつつもすぐに態度を改めた賢人は、雄士の「前提」に基づいて考察をはじめた。 「まずは相手を信じなければ、何も始まらない」──人は誰もが良心に従って生きていると信じて疑わない雄士がそう判断するであろうことは、とっくに予想していた。 「虹彩を偽装していたとしても、俺の目は誤魔化せない。だけど俺はリビングに戻ってからすぐに配置についたので、そこからはリャンの姿を近くでは見ていません」 「リャンは初めから偽物だったわけではなく、俺達が退室していた間に別の『リャン』と入れ替わったということか?」 「その可能性が高いです」 「だとしたら目的はなんだ? 俺達とイリヤさん達をやり合わせることか……?」  半信半疑で呟いた雄士に、イリヤも頭を悩ませながら応じる。 「それくらいしか思いつかないけど、それこそ理由がわからない。リーエン政府の差し金ってことはないよね? だってエクシーダーを抱えてるなら、初めからSTIを頼る必要なんてなかったわけだし……」  三人の議論が行き詰まると、ふと沈黙を保っていたショウが口を開いた。 「遊びに来たんじゃないか」 「え? いきなり何? 誰が……」  言いながら何か閃いた様子で、イリヤはぱっと顔を輝かせる。 「キーラ! そうだよキーラだ! 僕達がこの国に入ったのを知って、顔を見に来てくれたんだ!」  賢人が話してくれたキーラの能力の一つを思い出し、雄士は「なるほど」と頷いた。  彼は自分自身を幻影で覆うことで、他人にことができる。非常に繊細かつ高度な操作技術を必要とするこの能力を扱える者は、STIでは彼だけだったという。 「確かに彼なら可能でしょう。でも彼は今……」  ふと納得のいく答えが見つかり、雄士は言葉を切った。  そもそも雄士達をリャンの元に誘導したのは彼だった。イリヤとショウの処遇を「任せる」と言っていたことからも、恐らく彼は元同僚である二人の事情を全て知った上で、雄士達と引き合わせてみることにしたのだろう。  自分が仕組んだ「出会い」がどう転ぶか大いに気になった彼は、わざわざ現場まで足を運んだ。  好奇心旺盛な彼の性格からして、当然見ているだけではつまらないと、自らもその一幕に役者として加わる。  イリヤ達と対峙してからの「リャン」の饒舌ぶりといい、「リーエン政府の使い」と「公安の犬」に交戦を余儀なくさせたあの決め台詞といい、彼はあの場を掌握する影の支配者として、演じ欺く愉悦と特等席で高みの見物に興じる観客の優越感を、同時に味わっていたのだ。  これがショウの言った通り「遊びに」来ていたのでなければ、一体なんだというのだろう?
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