彼が見た地獄

1/3
前へ
/34ページ
次へ

彼が見た地獄

「おい、なんだあれは……?」 「……手です」  自分の目を疑いながら呟いた雄士に、賢人は茫然とした様子で応じた。  イリヤの下腹部から、人の手が飛び出している──二人がようやく現実を受けとめるのと同時に、どこからかけたたましい笑い声が響いた。 「アッハハハハハハ!『出産おめでとう作戦』大成功ー!」  雄士達が再び呆気にとられるなか、聞くに耐えない悍ましい音とともに、腕、肩に続き、真っ赤な人間の頭部がイリヤの下腹部から飛び出してきた。  まさに出産を思わせるその光景の凄惨さたるや、完全に人の理解を超えている。  イリヤはとっくに気を失い、彼を抱えているショウも既に正気を失っているのか、視点がまったく定まっていない。 「おやおやぁ? どうしたのセンパイ? 大好きなイーリャさんがいきなり綺麗になりすぎて、緊張しちゃったぁ?」  イリヤの腹部から上半身だけを現した男が、真っ赤に染まった顔でニタリと笑う。  三日月のように目を細め、口角を高く吊り上げたその笑顔も、人の神経を逆撫でする粘着質な声と口調も、この上ない悪意に満ち満ちている。  これほどまでに常軌を逸した人物を、自分と同じ「人」であることを到底認め難い者を、雄士はこれまで見たことがなかった。  未だかつてない危機感が稲妻のように全身を駆け抜け、彼は前兆を感じる暇もなくバーストを起こしていた。  一方両腕でイリヤを抱えたまま、魂が抜けてしまったように茫然自失の状態で床に座り込んだショウは、不意に聞こえた微かな声にぱっと顔を上げた。  体をほとんど真っ二つに引き裂かれながらも、イリヤが奇跡的に意識を取り戻したのだ。 「……はぁ……しっかりしろよバカ……お前が生きてる限り、僕は平気なんだからさ……痛みも麻痺してきたし……とはいっても、今すぐ死んじまいたいほど痛いけど……」 「……わかった。もう喋るな」 「……黙ったら死ぬっての……それにしても精度が上がったなぁ、僕の予知……マジで見たまんまの地獄じゃん……」  イリヤは激しく咳き込み、再び大量の血を吐いた。  彼の声で正気を取り戻しかけていたショウは俄かに顔を歪ませたが、イリヤに「しっかりしろ」と窘められ、嗚咽をぐっと堪える。 「ねぇエリー……まさか僕をこんな風にするのがお前だったなんてね……? 噂は聞いてたけど、そこまでイカれちゃってたとは思わなかったよ……」 「ボクはただ、二人が遊びに来てくれたのが嬉しくて挨拶に行こうとしたんだ。でも部屋に入れなくて……だからこうするしかなかったんだよ? イーリャさんがバリアなんて張るからだよ? ボクの大事なネズミちゃん達までどこかにやっちゃってさぁ……二人がいなくなった後も、ボクはずっと一人で頑張ってきたのに……どうしてボクの研究の邪魔をするの?」  男は真っ赤な涙を流しながら切々と訴えた。  彼の血にまみれた後頭部と背中をぼんやり眺めながら、イリヤはふっと笑う。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加