彼が見た地獄

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「ほんと……昔から人のせいにするの得意だよね、お前。エージェント転向の話を蹴ったのも、僕達の息子を勝手に攫っていったのもお前だろ? その上他人の腹から出てくるなんて……お前は自分の判断がまともだって信じてるみたいだけど、こんな方法まともな頭で思いつくわけないだろ? お前にできる言い訳があるとすれば、『悪魔に魂を喰われた』の一言だけだよ。ああ、キーラが可哀想……可愛い弟の暴走で、幼馴染も親友も失うなんてね……」 「……は? は⁉︎ 親友⁉︎ イーリャさんこそ昔から自意識過剰なんだよ! ヘラヘラ笑ってボクのキーラに媚売りやがってキモいんだよこの不細工! もういいぶっ殺す‼︎ 死ね‼︎」  男がいきりたって叫んだ瞬間、ショウは張り詰めていた糸が切れたように怒号を発すると、男の頭部を鷲掴みにして一息に握り潰した。  血まみれの上体が、イリヤの脚部に「ベチャッ」と崩れ落ちる。 「やった……やったぞイーリャ……」  乾いた笑いを漏らしながら呟いたショウは、依然としてイリヤの生命にかかわる臓器を人質にとっている男の体をどうするべきかわからず、やがてなす術もなく沈黙した。  イリヤの体は今にも腹部から上下に分かれてしまいそうで、迂闊に手出しできずにいた雄士は、不意に男の身に起こった変化に目を剥いた。  まるで時間を巻き戻しているかのように、ぶら下がっていた片方の眼球が眼窩に向かってゆっくりと戻りはじめている。  原型をとどめていなかった頭蓋骨も元の形に戻りつつあるが、再び気を失ったイリヤに気をとられているショウは、雄士が注意を促す声にもまったく反応しない。  やがて再び不気味な笑い声を響かせた男──もはや疑う余地もない、頭を吹っ飛ばされても生きていたという例の「イカれ野郎」──エリオット・ロスは、何事なかったように平然と話しはじめた。 「さぁて、どうする? ボクがこのままちゃったら、イーリャさんの体は真っ二つに裂けちゃうよ? ボクの大事なネズミちゃん達を返してくれる?」 「お前……なんで死なないんだ……?」 「死んだよ、何度もね。でも本当には死なせてくれないんだ……偉大なるスピネラ様が」 「ふざけるな! お前の中に神などいない!」 「ハハッ……ボクだってそう思いたいよ。死にたくても死ねないわ、信じてたセンパイ達には裏切られるわでもう散々だしさぁ」 「裏切っただと⁉︎ 俺達の子を勝手に攫っておいてよくそんなことが言えるな⁉︎」 「誤解だよセンパイ。なにもひどいことをしてきたわけじゃない。育成のためって上から通達があったでしょ?」 「やましいことがないなら、二年ものあいだ俺達に会わせなかった理由は何だ⁉︎ さっさと罪を認めて失せろ! それ以上イーリャの体に居座るな!」 「やだなぁセンパイ……ボクを寄生虫みたいに言わないでよ? あ、なんならセンパイも入ってみる? あったかくて気持ちイイよぉ? イーリャさんのナカ」  ロスは愉悦の笑みを浮かべ、湿ったため息を漏らした。  未だ現れていない下半身を含め、全身でイリヤを感じていると言わんばかりの恍惚感に満ちたその表情に、ショウは完全に言葉を失った。 「バカ……相手にするなショウ……お前みたいに素直な良い子ちゃんは、性悪には一生敵わないってよく知ってるだろ……」  再び意識を取り戻したイリヤが朦朧と呟くなか、ショウは突然心が壊れてしまったように泣き叫びはじめた。  イリヤが危惧した通り、彼は既にロスの悪意によって完膚なきまでに叩きのめされていた。
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