消えた二人

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消えた二人

「なぁ賢人……お前も人を助けたいんじゃなかったのか……?」  ふと虚しさが込み上げ、雄士は突き放すように賢人の胸倉から手を離した。  涙を堪えてぐっと唇を噛むと、尖った歯がプツリと刺さる。自分がバースト状態にあることを思い出し、賢人がクラウドの壁を築きながら難なく自分をコントロールしていたことに気づいた雄士は、いっそう虚しさを覚えながら呟く。 「お前が意気地なしなのは勝手だけど、俺まで巻き込むな。……それともお前は誇示したいのか? 俺の自由なんて簡単に奪えるし、俺の行動は全てお前の思うがままだって……」  堪えきれずに涙を溢しながら、雄士はきつく賢人を睨みつけた。  ぞっとするほど冷静だった黒い瞳が俄かに揺らぎ、賢人の肩は微かに震える。その時ふいに、ロスがこちらに気づいた様子で声をあげた。 「おやおやぁ? まさか他にもお客がいたとはねぇ? どうやってここに侵入したのか不思議だったけど、キミの能力だったかぁ……はじめましてニール、会いたかったよ」  クラウドの壁が消えたことに気づいた時には、雄士は激しい胸の痛みで身動きがとれなくなっていた。  賢人もロスの言葉には反応せず、じっと俯いている。 「不可視化のバリアは見事だったけど、さすがのキミも人の体内にまでは干渉できないよねぇ? でもボクにはできちゃうんだぁ……天才だから!」  ロスの独り言を聞きながら、雄士は少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。  覚えのあるこの胸の痛みは、恐らく賢人のものだ。彼はクラウドの壁を解除したわけではなく、保てなくなったのかも知れない……。 「あれあれぇ? そんなに怯えちゃって……もしかして自分が生まれた時のこと思い出しちゃったぁ? キミは女の腹に放り込まれただけの異物で、赤ん坊ですらなかったから産んでもらえなかったんだもんね? だから自分でママの腹を突き破って出てくるしかなかったんだよねぇ……? あーあ、ボクも見たかったなぁ。だって想像しただけでゾクゾクするよ……実際イーリャさんみたいに裂けたの? キミのママの……」  最後まで言い終えないうちに、ロスは声にならない悲鳴を上げて腰を抜かした。一躍して目前に迫った雄士が、顔面に向けて渾身の一撃を放ったのだ。  しかし直撃するはずだったその拳は、見えない壁に阻まれて寸前で止まっている。反応を見る限りロスの仕業とは思えず、雄士はさらに怒り狂って獣のような咆哮をあげた。 「どうして邪魔する⁉︎ お前まで頭がイカれたのか⁉︎」 「落ち着いて下さい。得体の知れない敵に迂闊に近づいてはいけません」 「うるせぇ‼︎」 「うるさいのはそっちです。俺は二人を助けるにはどうしたらいいか考えてたのに、あなたが勝手に怒ったり泣いたりして可愛……うるさいからちっとも集中できない。感情でしか動けない脳筋は黙ってて下さい」 「だったら最初からそう言えよ⁉︎ 無視されたら余計不安になるだろ⁉︎ 大体パートナーだからって、俺がお前の心を読めるとでも思ってるのか⁉︎ 俺は超能力者じゃねぇんだよ‼︎」  至極冷静な賢人の反論に怒りを煽られた雄士は、我を忘れて全ての不満をぶちまけた。  さすがの賢人も額に青筋を立てながら聞いていたが、やはり反応は冷静だった。
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