「狩り」

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「狩り」

「ロスはどうしてわざわざイリヤの腹から出てきたんだろうな?」 「さぁ?『出産おめでとう作戦』だからじゃないですか?」  世間話のような調子で言った雄士に、賢人も雑談口調で応じた。  同じ空間に居るというのにまたもや存在を無視されたロスは、唇を歪めて苛立ちを噛み殺したような声で言う。 「冷静に分析してこの場で克服しようって? ただの異物が人並みにトラウマ抱えてるなんて笑えるねぇニール? しかも異物のくせにパートナーまで……いやただのペットか」  もはや攻撃手段は「口」だけと悟ったのか、ロスはショウにそうしたように、賢人の精神に狙いを定めて攻撃を再開した。  しかし賢人はまったく相手にせず、淡々と続ける。 「超能力の発動条件は、洗脳の類いなら対象者と目を合わせること、物理的干渉の場合は事前の接触がセオリーです。イリヤは男性なので、STI本部での出産以外に選択肢はなかったはず。そしてロスは、元々イリヤ達と同じチームにいた研究員です」 「なるほど……ロスは出産を手伝った時に、イリヤの体内に直接触れていたわけか……」  賢人に話を合わせながら、雄士はさりげなくロスの様子を窺った。  手の内を暴かれたことが相当堪えたのか、彼は既に青ざめている。随分と呆気ない──雄士はそう感じたが、Type:Iの最大の弱点は精神の脆さだと知っている賢人にとっては、まったく予想通りの反応だった。  パートナーと行動を共にしていないType:Iは、唯一精神的支えとなる自信を些細なことで呆気なく喪失し、精神攻撃に対する防衛手段を一切失うことになる。  そしてロス本人は知る由もないが、賢人の「攻撃」はまだ始まってさえいない。 「子供達の話によると、ロスは常にこの部屋を監視していたようなので、俺達がここに来る前に、イリヤとショウの侵入には気づいていたはずです。でも一足遅く、俺の防壁に阻まれてこの部屋に入れなかった。そこでない頭を捻って、この場で唯一防壁の影響を受けない空間──『人の体内』にポータルを開く方法を思いついたんでしょう。  ワープという選択肢もあったけど、それだと移動が完了した時点でイリヤがバラバラの肉片に変わってしまうから、あえて自分のタイミングで、好きな部位から自由に出ていけるポータルを選んだんです……旧知の仲であるはずのイリヤとショウに、死にも勝る苦痛と恐怖を与えるために」  賢人は至極冷静に、淡々とロスの残虐性を暴きだした。  彼が一言一句をはっきりと発音し、確実にロスの耳に届けた理由には雄士も気づいていた。  イリヤもまた本人には自覚のない異常性を指摘することで、ロスを精神的に追い詰めていたからだ。  生死不明とはいえ、イリヤとショウが保護された今、もはや雄士達がこの場に残る理由はない。  けれど賢人はもちろんのこと、雄士にも撤退の意思はない。申し合わせるまでもなく、彼らは既にロスを「狩る」と決めていた。
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