「狩り」

2/3
前へ
/34ページ
次へ
 狂ったように笑い出すことも、賢人を罵りはじめることもなく、ロスは紙のように真っ白な顔でどこか一点を見つめている。  追い討ちをかけるように、賢人はロスにも聞こえる声量で雄士に耳打ちした。 「気持ち悪い奴ですね……あれで自分がまともな人間だと思ってたなんて」 「ああ……憐れな奴だ」  イリヤは自分があんな風になることを予知していながら、自分の子だけでなく見知らぬ子供達をも助けるために、この場に踏みとどまった──その事実をしっかりと胸に刻み、雄士は力の根源たる「怒り」を冷静に育みはじめた。  今はそうすることが必要なのだと、賢人から伝わってくる微かな高揚感が教えてくれる。  いよいよ「狩り」が始まるのだ。 「Type:Iであるロスが、俺に直接触れられる可能性は万に一つもない。つまり俺がロスをぶん殴るのに障害は一つもないってことだ。よくも邪魔してくれたな賢人?」 「あなたが一人で勝手に終わらせようとするからでしょ。初めての狩りなのに、見ているだけなんて御免です」 「へぇ? だからさっきからやたらと怒りを煽ってくるわけか」 「当然でしょう。あなたの最高潮のバーストを、俺がコントロールする……それでこそ最高の初体験です」  よほど上機嫌なのか、賢人はこれまでに見せたことのない妖艶な笑みを浮かべた。  不意をつかれた雄士はどきりとしたが、「ふん」と鼻を鳴らして誤魔化し、ロスに目をやる。  先程からやけに静かだと思えば、ロスはいつの間にか部屋の扉にかじりつくようにして、必死でロックを解除しようとしていた。  雄士は穏やかな微笑みを浮かべ、怯える獲物をいたぶるようにわざとゆっくりロスに歩み寄る。 「どうした? 鍵を失くしたのか?」 「なっ、なんで開かないんだよぉ⁉︎」 「さぁな。『マスター』にわからないことが俺にわかると思うか?」  当然賢人の仕業だと分かっていたが、雄士は涼しい顔ではぐらかしてロスの背後に立つ。  もはやこれまでと悟ったのか、ロスは振り向きざまに狂ったように喚きはじめた。 「アッハハハハハ! キミさぁ、そいつがなんだかわかってんの⁉︎ 異物だよ⁉︎ 人じゃないんだよ⁉︎ よく一緒にいられるよねぇ⁉︎ だいたい誰がつけたのぉ? 『存在しない(ニール)』なんて名前。ぴったりすぎて笑……ギャアアアアッ⁉︎」  不意にドスリと腹部を貫かれ、ロスは痛みを感じるよりも先に驚愕して悲鳴をあげた。  右手でロスの腹部を穿ったまま左手で前髪を掴み上げた雄士は、何も言わずに真正面から彼を見据える。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加