「狩り」

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「アハハ、アハッ、痛っ……痛ったいなぁ! ふざけるなよ……劣等種の分際で……」  怒りをさらに高めるため、耳障りな言葉にじっと耳を傾けながら、雄士はロスの体に埋まった腕にぐっと力をこめる。  弾けんばかりに膨らんだ筋肉に内臓を圧迫されたロスは、「ぐぇっ」と蛙のように呻いて血を吐いた。 「抵抗しろよ? 劣等種以下のゴミ野郎。大事な仲間の命さえ犠牲にできるほど研究に執着してる奴が、まさか実験台がいなくなったくらいで目的を諦めたわけじゃないだろ?」  雄士が尋ねると、ロスは苦しげに呻きながら顔を上げ、途切れとぎれに話しだす。 「そうだよ……全ては研究のためなんだ……ボクは共生器官を完全にする方法を必ず確立してみせる……」 「完全になった時点で、俺達は人ではなくなる。お前はバケモノを創り出したいのか?」 「バケモノなんかじゃない! 先輩達が仲間になったってことは、キーラはそっちにいるんでしょ? だったら知ってるはずだ……彼が神だって」 「確かに彼は『完全』なエクシーダーだが、俺達と同じように人として生きてる。本人の意思でな」 「うるさい! キミなんかにわかるもんか! キーラは神だ……だからボクも同じになるんだ……!」 「その神が、Type:Eは劣等種だから檻に閉じ込めろとお前に教えたのか?『エクシーダーは二人で一つ』──俺が知る限り、それがキーラの口癖だが?」 「そうだよ……でもそれだけは嘘だったんだ……」 「違うな。確かに彼は嘘吐きだが、それだけは本心だった。イリヤはずっと考えていたようだが、お前は考えたことがあるのか? キーラがなぜ組織を去ったのか」 「そんなのニールのせいに決まってる! キーラはあいつに騙されてるんだ!」  真っ赤な血を撒き散らしながら叫んだロスは、雄士の背後に立っている賢人を泣きながら睨みつける。 「逃げるなら一人で逃げればいいのに、なんでキーラまで連れて行ったんだよ⁉︎ お前さえいなければ……お前さえ生まれて来なければ、ボクはキーラと先輩達に囲まれて楽しく研究を続けていられたのに!」  あまりに身勝手なロスの言い草に、雄士は怒りを通り越してすっかり呆れ、ふっと笑いを漏らす。   「イリヤの言う通り、お前は何でも人のせいにするのが得意らしいな。だから悪い意味では勿論のこと、良い意味でも自分のせいだなんて考えもしないんだろ?」 「……何が言いたいの?」  「大して長い付き合いじゃないが、俺にはもうわかった……キーラがなんのためにお前達の元を去ったのか」  恐れと期待が入り混じった複雑な眼差しで雄士を見据えたロスは、不意にがくりと項垂れるとそのまま沈黙した。  結論を口にしようとした雄士を、隣に歩み寄ってきた賢人が「そこまでです」と遮る。  雄士が一息に腕を引き抜くと、既に気を失っていたロスは血溜まりの中に崩れ落ちた。  自身の手のひらをじっと見下ろし、雄士は「もう終わりか」と抑揚なく呟く。  鈍く光る金属繊維に包まれた真っ黒なその手からは、絶えず赤い血が滴っている。  まるで黒い鱗に覆われた怪物の一部であるかのようなその様に、ふと頭をよぎった微かな恐れは、突き上げるような高揚感に一瞬にして飲み込まれていった。
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