「獣」

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「獣」

「クソッ、生殺しだ……」  賢人のコントロールによって自我は保たれているものの、雄士のバーストによる高揚感は今や最高潮に達していた。  しかし獲物の反応がなくなっては、これ以上なんの面白みもない。仕事を済ませた後に待っているはずだった「お楽しみ」は、もはや諦めるしかなかった。 「初めから問答無用で狩りに興じておけば、今頃は気分爽快だったでしょうね」 「皮肉はよせ。俺達は遊びに来たわけじゃない。組織の一員として、情報収集を優先するのは当然の義務だ」 「そうは言っても、少しでも相手のことを知ってしまったら手を差し伸べずにはいられなくなるでしょ……あなたって人は」  賢人の言葉を否定も肯定もせず、雄士は血に濡れた腕をさっと振ると、そのまま無意識のうちに賢人の腕を掴んだ。  今や当たり前になった雄士の癖をいつも通り自然と受け入れた賢人は、ふと気がつく。  何故だか雄士の手に、いつもの「逃がさない」と言わんばかりの力強さはない。まるで「助けてくれ」と口には出せず、ただ指先で縋っているかのようだ……。 「怖かったんですか?」  雄士の腕を掴み返し、賢人は半信半疑で尋ねた。  はっとした様子で見上げてきた雄士の顔が、みるみるうちに歪んでいく。 「ああ……怖いほど気持ちよかった。ロスの血肉に触れたせいで、俺まで頭がイカれたのかもな……」  今にも叫びだしそうになるのを堪え、雄士は息を詰まらせながら言った。  それは率直な感想だったが、自分が温かい血肉に触れただけで満足したわけではないこともよくわかっていた。  腹部を穿つだけでなく、内臓をぐちゃぐちゃに掻き回してたっぷりといたぶり、最後は縦にでも横にでも、とにかく体を真っ二つに引き裂きたかった──それが「獣」としての自分の本心なのだと。    掴んだ腕を引き寄せ雄士を抱きしめた賢人は、震える背中をそっと撫でながら宥めるように言う。 「前にも言ったでしょ……あなたをそうさせたのは俺だって。あんなゴミのせいになんてされたら心外です。恨むならちゃんと俺を恨んで下さい」 「だったらっ……早く楽にしてくれ……!」  不安を抑えきれなくなったように声を荒げた雄士は、両腕を首の後ろに回して賢人に縋りついた。途端に腰が勝手に揺れ、布地越しに擦れた場所が痛いほど甘く痺れていく。  賢人はわずかによろめきつつも、雄士がしっかりと自分に抱きつけるように腰を抱いてやる。 「んっ……」  不意に唇を塞がれ、雄士は反射的に逃れようとしたが、後頭部を押さえつけられて身動きがとれなくなった。  微かに乱れた吐息と熱い舌に口内を荒らされ、恐れや不安が薄れていくのと同時に、「狩り」の最中の身を焦がすような高揚感が一気に戻ってくる。 「……っはぁ、だめだ賢人……」  このままでは取り返しのつかないことになる──そう予感した雄士が切羽詰まった声で呟くと、賢人はクスリと笑った。  その瞬間彼の心の声がはっきりと聞こえ、雄士の背筋はぞくりと震える。
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