「獣」

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「生殺しにされたのは、あなただけだと思いますか?」 「……っ……」  自我を保った状態での「狩り」を初めて経験した雄士だけでなく、自身が駆る「獣」の残虐性を引き出し獲物を追い詰めた賢人の興奮もまた、いつしか最高潮に達していた。  けれど雄士が仕事を優先したことで、彼の欲求も満たされないままに終わってしまったのだ。  気づいてしまうともはや拒めず、雄士は知らぬ間に再び賢人の口づけを受け入れていた。  彼の匂いはさらに自分を狂わせるとわかっていても、離れようとすればするほど、押し寄せる本能が彼を求め、体が言うことを聞かなくなる。  ふと雄士の左手首を掴んだ賢人は、そこに装着された端末でアイギススーツの着脱を操作しはじめた。  その小さな操作音が耳に入った瞬間、雄士は全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。  素肌に直接纏っているアイギススーツを脱ぐということは、この血にまみれた敵地で裸になるということだ……。 「待て。さすがにここでは……」 「誰も入って来れませんよ。それにどちらにせよ、俺はヒートの前にあなたを抱くつもりでした」 「え……?」 「ヒートの時あなたの意識は混濁するし、せっかくの初めてを覚えていられないかも知れない。それにあなたは絶対ヒートのせいにするでしょ……俺を求めて自ら跨ったとしても」 「まっ、またっ⁉︎ は……⁉︎」 「そうです……俺はそういういつも通りの、何も知らない子供みたいな反応をするあなたと『初めて』をしたいんです。それはヒートが始まってからじゃかなわない……大人しく脱いでもらいますよ」 「……おっ……お前っ……」  言葉を詰まらせ、ただ青くなったり赤くなったりしている雄士の顔をじっと見つめたまま、賢人は何食わぬ顔でアイギススーツを脱がしはじめた。  露わになった首筋に唇を寄せ、呆然と肩にしがみついている雄士の耳に囁きかける。 「聞こえたでしょ、さっきの俺の声。本当は……」  ふと言葉を切った賢人は、何かの気配を察知したようにぱっと後ろを振り向いた。  途端に微かな舌打ちが聞こえ、雄士ははっと我に返る。 「どうした……?」  不安げに尋ねながら賢人の背後に目をやった雄士は、そのまま凍りついたように固まった。  一体いつからそこに居たのか、全身白ずくめの男が一人、こちらに背を向けて立っていた。
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