否定したかったもの

1/2
前へ
/34ページ
次へ

否定したかったもの

「邪魔をしたことは謝るけど、こんな場所で愛を育もうなんて感心しないな」  血溜まりの中に横たわるロスの方をじっと見つめていた彼は、朗らかに言いながら雄士達の方を振り返った。  絹糸のように艶やかな白髪を背中に揺蕩わせた彼の後ろ姿は非常に美しかったが、正面から見るその美貌は、さらに息を飲むほどだ。  まるで彫像のように端整かつ繊細な顔に浮かんだ笑みからは天真爛漫な印象を受けるが、そこに埋め込まれた二つの宝石のように煌めく碧眼は、何か底の知れない冷ややかさを孕んでいる。  綺麗な弧を描いた薔薇色の唇は、明確に表した「喜」の感情で、巧妙に真意を覆い隠しているようだ。  好奇心に満ちた無邪気な少年のようでありながら、全てを見透かしたような彼のその笑みには、どこか人をぞっとさせるところがある。  外見はこれまでとまったく異なっているが、その人間離れした風采は、彼を知る者にとっては誰とも見間違えようがない。  当然彼の正体に気づいた雄士は声をかけようとしたが、この上なく不機嫌な賢人の声に先を越されてしまう。 「邪魔だとわかってるならさっさと消えろ」 「そうはいかない。まだ任務中だとわかっているよね? 剱崎くん」 「……ん?」  尋ねてきた彼に応えようとした雄士は、不意に手で口を塞いできた賢人をきょとんとして見上げた。  近くで見ると、本来の姿を表した彼と賢人とは、やはり雰囲気がよく似ている。  雄士はふと不思議に思った。「人」ではない賢人は当然だとしても、エクシーダーとはいえ人であるはずの彼が、なぜ賢人と同じ人ならざる雰囲気を纏っているのだろうか……?   「俺達の任務はもう終わった。どこでしようと俺達の勝手だ」  じっと彼を見つめる雄士の視線を遮るように前に出ると、賢人は冷ややかに言い放った。  彼は苦笑を浮かべ、肩をすくめる。 「『俺達』じゃなくてきみ個人の、だろ? 普通はベッドで……というか、二人きりになれる場所でするものだからね」 「人の感覚を俺に押しつけるな。まぁいい……消える気がないなら無視して続けるだけだ。それにベッドならある」  檻の中に向けられた賢人の視線を辿り、彼はやれやれといった様子でため息をつく。 「他人に見られながらだと興奮するっていうのはわかるけど、さすがにあんなつくりじゃ男同士の情事には耐えきれないと思うよ……」  二人が恥ずかしげもなく繰り広げている会話の内容にいいかげん頭が爆発しそうになった雄士は、アイギススーツをしっかりと着込むと、なんとか気持ちを切り替えて居住まいを正した。 「ご協力に感謝します、司令官」 「ああ……遅くなってすまないね、剱崎くん。だいぶ前からこの島に到着してはいたんだけど、強力なクラウドエリアのせいでここまで入って来られなくてね」 「戦略ですのでご容赦下さい。まさかあなたが来て下さるとは思っていなかったもので」 「あっはは! よく言う! きみが送ってきたメッセージはまるで脅迫状だったよ!」  愉しげに笑いながら雄士達に背を向けた彼は、ロスの方へとゆっくり歩み寄っていく。  ブーツの踵が軽快に床を鳴らした後、室内にしばしの静寂が降りた。 「やぁ、久しぶりだねエリー。ちょっと会わないうちにずいぶん趣味が変わったようだけど、何か辛いことでもあったのかい?」 「……え? キーラ……?」  ぼんやりと目覚めたロスは、すぐ傍に立つキーラの足元に向かって手を伸ばした。  その手をさりげなくかわしたキーラは、ロスを見下ろしてにっこりと笑う。 「すまないね……服に血がつくのは苦手なんだ」  明るい調子で言いながら、キーラはロスと視線を合わせるようにその場にしゃがみ込んだ。  彼の纏う白いロングコートの裾が床の血溜まりの上にふわりと広がり、みるみるうちに赤く染まっていく。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加