否定したかったもの

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「どうして仲間を呼ばなかったんだい? エリー」 「呼んだけど、誰も来なかったんだ……」 「なるほど……きみのクラウドエリアは本当に完璧だったようだね、新秤くん。まぁ驚くべきは、剱崎くんの莫大な精神エネルギーの方だけど……」  雄士に笑いかけようと振り向いたキーラは、すかさず雄士の前に立ちはだかった賢人に視界を阻まれ、肩をすくめながらロスの方に向き直る。 「ちなみに『ニール』と名付けたのは僕だが、僕が否定したかったのは悪魔の血であって、彼の存在ではない。相変わらず考察が甘いよ、エリー」  言いながらキーラがロングコートの裾を翻して立ち上がると、ロスの姿は忽然と消えていた。  目を丸くして立ち尽くす雄士に、彼は片目をつぶってみせる。 「ひとまずここを出よう。あの悪魔もどきが現れたら少々面倒だからね」 「ええ……」  雄士が半ば呆然としつつ差し伸べられたキーラの手をとろうとすると、賢人はそれを阻むように一歩前に出た。 「まだ帰れませんよ、雄士さん」 「……え? なんで?」 「もう忘れてしまったんですか? 俺の切なる望みを」  寂しげな表情を浮かべた賢人に縋るように手を握られ、雄士は「うっ」と言葉に詰まる。  その顔はずるいだろ……と心の中で呟きながら、咳払いして言った。 「悪いがお前の……いや、さっき二人が話してたような感覚は、俺にはまったく理解できない」 「どんな感覚ですか?」 「どっ、どんな……? ほら、その……」 「あなたがおかしいと言うなら直すつもりですが、はっきり言ってくれないとわかりません」 「だっ、だよな。うん……」  真剣な表情で雄士に迫る賢人に、キーラはひたすら白い目を向けている。  そんなことにはまったく気づかぬまま、雄士は意を決して賢人を見据えた。 「とっ……とにかく俺はっ、人前でとかは絶対に無理だ!」 「承知しました」 「……は……?」  なぜか満面の笑みで即答してきた賢人に、雄士は思わずぽかんとした。  耳まで真っ赤に染めて微かに瞳を潤ませている雄士と、満足げに口角を吊り上げた賢人を交互に眺めながら、キーラは「悪趣味な」と言わんばかりにため息をつく。 「雄士さんは俺が連れて帰るので、あなたは先に行って下さい」 「まぁそう言わずに。あれだけの広範囲にクラウドエリアを展開しつつ、バーストのコントロールまでやってのけたんだ。かなりの精神エネルギーを消耗しただろう? とにかく今は彼にくっついて、回復につとめたまえ」  有無を言わさぬ態度で雄士と賢人の背中に腕を回したキーラは、二人を抱き合わせるようにしてくっつけた。  途端に雄士の全身から、どっと冷や汗が噴き出す。  まさかキーラは、この場で自分達の「狩り」の一部始終を目撃していたのだろうか? 先ほど賢人がそうしていたように、クラウドの壁で姿を隠して……。 「二人共よくやった……本当にその一言に尽きるよ。きみ達の成長の早さには驚かされてばかりだ」  雄士の動揺などつゆ知らず、キーラは二人の肩を抱きながらしみじみと言った。  その時ふいにひんやりとした空気を頬に感じ、雄士がはっとして周囲を見回すと、そこには第二研究所の一室とは似ても似つかない景色が広がっていた。
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