「なんのために」

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「なんのために」

「ところでなぜ(きん)に執着させるようなコマンドを?」  賢人の問いかけに、イリヤは「さすが」と口角を上げる。 「それに気づいたなら、リーエン政府の狙いももうわかってるんじゃない?」 「(きん)を狙った強盗が何十件と重なれば、ある意味社会現象になるし、海外のメディアも放ってはおかない。奴らはそうして(きん)そのものを、改めて全世界に強烈に印象づけるつもりか?」 「大正解。彼らは優秀な技術者達を取り戻してテクノロジー大国に返り咲くついでに、自国の名産品をバズらせたいらしい」  二人で出した結論に間違いがなかったことを確かめ、雄士と賢人は顔を見合わせて頷き合う。  しかし本題はここからだと、雄士はさらに深く話題を掘り下げた。 「強盗事件の報道によって(きん)がバズるのと同時に、世界中でリーエン人のイメージは最悪になるはずです。リーエン政府はどんな手を打つつもりでしょうか?」 「彼らのシナリオでは、リーエン政府はニッショウ国から元自国民を救った英雄になるらしい。強盗事件を起こした犯人達の身柄を引き受けて、移民労働者に対するニッショウ国の待遇の酷さを暴露させてね。事実がどうであれ、彼らには関係ない。初めから情報操作で勝ちに行くつもりだからね」 「確かに情報操作ならリーエンが有利ですね」 「うん。守りは万全だけど攻撃には慣れてないニッショウ国は、情報戦ではどうしても後手に回ってしまう。それにリーエンには、14億人の国民を騙し続けてきた情報操作技術がある。だから君達が彼らを止められるとしたら、情報戦開始前の今しかない」 「わかりました。感謝します」 「必要ないよ。僕は自分のために話してるんだから。それに彼らの計画はこれで終わりじゃない。ニッショウ国内での対立が激化した後は、リーエン政府にとって不要な犯罪者や貧困層の移民達を大量虐殺し、ニッショウ政府を犯人に仕立て上げる──これが彼らの計画の大詰めであり、僕達の最終任務だ。ここまでくれば、自ら帰国を望まないリーエン移民なんて一人もいないだろうね」 「……それをあなた達二人で?」 「二人いれば充分……ああ、虫一匹殺せなさそうな君には想像もつかない?」  挑発的なイリヤの言葉に、ショウは呆れた様子でため息を漏らしたが、既に悪気はないのだと理解している雄士は、落ち着いた態度で「いいえ」と応じた。 「ただ不思議に思っただけです……その計画で、誰か救われる人がいるのかと」 「さぁね……ただ僕は、自分がしたことで誰かが救われたところなんて一度も見たことないよ」 「……そうですか」  雄士は微笑みを消し去り、じっと目蓋を閉じて俯いた。  その様子から何か鬼気迫るものを感じ、イリヤは遠慮がちに尋ねる。 「もしかして、君は誰かを救いたくて公安……いや、キーラの組織にいるの?」 「勿論です。だから不思議なんです……こうして話していても、俺は自分とあなた達に特別な違いがあるとは思えない。なのにあなた達は犯罪を起こす側にいて、俺達はその危険から人を守る側にいる……どうしてこんなことになるのか、俺にはさっぱりわからない」  雄士の言葉はあまりにも率直すぎて、イリヤとショウを責めている風にも聞こえた。  実際そう感じた様子で二人が沈黙するなか、雄士が言わんとしていることをこの場で唯一理解している賢人は、「応えろ」と二人を視線で促す。
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