「なんのために」

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「正直言って、僕にもわからないよ……神について研究していたはずが、いつの間にか雄士君の言う通り犯罪者になってた……多分うちの組織はそういう人ばっかだ」  戸惑いを露わに語ったイリヤを厳しい眼差しで一瞥し、ショウも口を開く。 「何を期待してるのか知らないが、俺達は組織に操られて動いてるわけじゃない。自分達の意思で任務を遂行してきたし、そのためなら迷わず殺してきた。……だから言っただろ、彼らに俺達を助ける理由はないと」  最後はイリヤに向かって言ったショウは、みるみるうちに瞳を潤ませていくイリヤを見て、辛そうに顔を歪めた。  二人の様子をじっと窺いながら、雄士は落ち着いた声で切り出す。 「任務遂行のためなら迷わず殺す……それは俺達も同じです。俺が知りたかったのは、あなた達がなんのためにそっち側にいるのかってことです」 「『なんのために』……?」  呆然と呟きながら顔を上げたイリヤを遮るように、ショウはどこか落胆した様子で言った。 「なるほど、そういうことか……君が翔太を助けるなんて言い出したのは、リーエン政府の計画だけじゃなく、STIの目的を探るためだったんだな」 「いいえ。今はそんなことどうだっていい。……もう一度聞きます。あなた達はなんのためにSTIにいるんですか?」  繰り返し問われた「なんのために」が徐々に深く胸に落ち、イリヤとショウは黙り込んだ。  当然自覚があったはずの、簡単に答えられるはずの問いかけで言葉に詰まっている現状に、彼らはたちまち顔色を失っていく。 「俺は人を助けるために働いていたら、なんのためかわからずに大勢の人を虐殺しようとしている人達と出会ったってことですね?」  雄士はこの上なく穏やかな微笑みを浮かべて言った。  咎める響きを一切含まず、ただ純粋に事実だけを突きつけてくる冷静かつ柔和なその声と表情は、自分の罪を初めて、深く自覚した者達に畏怖の念を抱かせるには充分だった。 「……操られて動いてるわけじゃない? 自分達の意思で? ねぇショウ……全部間違いだ。だって僕達には、人を殺す理由なんてなかった……」  震える声で茫然と呟いたイリヤと同様にすっかり青ざめた顔で、ショウは独り言のようにぼそぼそと語る。 「昔キーラにも聞かれた……なんのために組織にいるのかと。俺はその時こう答えたんだ……自分の信仰の正しさを証明するためだと。……そのために人を殺す必要は、確かになかった……」  再び黙り込んだ二人は、しばらくじっと俯いたままでいた。  その沈黙は、雄士がひとしきり瞑想できるほど長かった。  やがて顔を上げたイリヤは、絶望に染まった瞳をゆらゆらと揺らしながら言った。 「僕には翔太の親を名乗る資格なんてないのかも……」 「イーリャ……」  眉尻を下げたショウを一瞥し、イリヤは自嘲の笑みで続ける。 「お前だって本当はそう思ってるんだろ? 僕達はもう人を殺しても何も感じない……ずっと前から。なのに自分の子供だけは助けたいなんて、普通の親みたいなこと……」 「だったらさっさと諦めろ。お前みたいなクズのために、雄士さんを危険に晒すわけには……」  辛辣な態度でイリヤを非難しはじめた賢人は、ふと雄士に肩を叩かれ口を噤んだ。  叱られるのを覚悟して俯いた賢人の傍ら、雄士は先ほどの彼よりもさらに険を帯びた眼差しでイリヤを見据える。
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