「なんのために」

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「資格もクソもないんじゃないか? 翔太君の親が、あなた達二人の他に何人もいるっていうなら話は別だが」  これまで一貫して穏やかだった雄士の態度が一変し、イリヤは呆気にとられた様子で固まった。  見かねたように、ショウが口を開く。 「彼の言う通りだ、イーリャ。俺達がどんな罪を背負っていようと、あいつだけはまともな世界で生きさせるべきだ。……それが親のつとめだって、キーラも言ってた」  ショウが名前を出したことで何かに思い至ったのか、イリヤはぱっと賢人の方を見て徐々に瞳を潤ませた。 「そっか……君を研究所から連れ出したのは、キーラだったんだもんね?」  賢人が小さく頷くと、イリヤはついに涙をこぼした。  じっとショウと見つめ合ったのち、彼は自分を奮い立たせるように深く頷く。 「そうだ……僕達の罪は、翔太には関係ない。ただあの場所から逃がしてさえやれれば、ニールみたいに立派に育って、雄士君みたいな素敵なパートナーと出会えるかもしれないんだ……」 「ああ。あいつはお前みたいに不幸にはならない」 「……不幸なのはお前だろ。僕みたいなクズに捕まってさ……」 「お前はクズじゃない。ただ少し捻くれてて可愛げがないだけだ」 「なにそれ……慰めてるつもり?」 「違う。俺は……お前に捕まって幸せだって言いたかった」 「……は?……はあぁ⁉︎」  淡々と、されど真摯に本心を口にするショウに対し、イリヤは今にも火を噴きそうなほど真っ赤な顔で叫んだ。  浄善が語った通りの、彼らの気持ちが通じ合うまでの壮絶なすれ違いが目に浮かぶようで、雄士は思わず口元を綻ばせる。 「やるならさっさと計画を立てるぞ」  冷や水を浴びせるような賢人の一言ではっと我に返ったイリヤは、軽くショウを睨みつけてから姿勢を正した。 「まずはお礼を言わせて。ありがとう雄士君……僕達の目を覚まさせてくれて」 「そんなつもりはありませんでしたが……こちらこそありがとうございます」 「……え? どういうこと?」 「雄士さんは、他人にお礼を言われるのが大好きなんだ」  どこか誇らしげに言った賢人をなんともいえない表情で見返しながら、イリヤはまったく理解できないという態度で呟く。 「そうなんだ……変わってるね」 「俺が変わってるんじゃなくて、他の人達がまだ気づいてないだけです。人に感謝された瞬間こそ、人にとって最も幸福な瞬間だってことに」 「……」  イリヤは大きく目を見開き、口をぽかんと開けて放心した。  次第にその唇は震え、呼吸は荒くなり、彼のエメラルドグリーンの瞳は星の瞬きのようにきらきらと輝きはじめる。 「なるほど……なるほど! それってなんだかすごく……すごく素敵なことな気がする!」 「ええ。少なくとも俺にとっては、命を懸ける価値のあることです」  雄士の満面の笑みに心臓を撃ち抜かれたように「うっ!」と呻いたイリヤは、左胸を押さえたまましばし呼吸困難に陥った。  先ほどから放心状態のショウも、視線だけはすっかり雄士に釘付けになっている。 「やばい……なにこれ? すっごいドキドキする……まるで僕の共生器官が、君を信じろって言ってるみたいだ……」 「俺にももっと説いてくれ……人の幸福の真髄を」  雄士の言葉に感激するイリヤとショウを満足げに眺めながら、賢人はふっと笑う。 「雄士さんの偉大さは、まだまだこんなものじゃない」 「おお……!」  賢人の言葉でさらに鼻息を荒くしたイリヤの傍ら、ショウは胸の前で手を組み、ひたすら雄士に向かって祈りを捧げている。 「あの……やめて下さいショウさん」 「ごめんね雄士君。こいつ信仰ガチ勢だから」 「はぁ……」  イリヤ達の予想外の反応に、雄士は思わず額に手を当てた。  最終的には彼らを組織に引き入れるために、「あなた達はこちら側にいるべきだ」「俺達は仲間だ」と伝えておきたかっただけなのに、どうしてこんなことになったのだろう……?  途方に暮れる雄士に、賢人がこっそり耳打ちする。 「いつも言ってるでしょ、あなたは天使だって」 「お前っ……」 「絶対楽しんでるだろ⁉︎」と目で訴えた雄士に、賢人は「なんのことですか?」というように涼しい笑みを返す。  すかさず賢人の脇腹を軽くつねって制裁を下しながら、雄士は彼の小さな呻き声に紛れ、どうしたものかとため息を漏らした。
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