複雑な感情

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複雑な感情

 結局ショウの気が済むまで祈りを捧げられ、イリヤからもさんざん賛美の言葉を贈られた雄士は、STIという組織が元は神学研究者の集まりであり、彼らの根底には強い信仰心があることを実感した。  その「信仰心」が自分に向けられてしまったことは如何にしても理解し難かったが、暗く澱んでいた彼らの瞳に光が戻ったことは喜ばしい誤算であり、だからこそ無下にはできず、雄士は彼らの興奮が収まるのを待ってからようやく本題に入った。 「翔太君が連れて行かれたという研究所は、どこにあるんですか?」 「サビート国北方のレビアント島だ。二年前に完成したばかりの施設で、第二研究所と呼ばれてる。セキュリティはSTI本部よりも厳重だから、僕達だけでは正面突破はもちろん潜入もできない。しかもレビアント島はサビート軍の基地としても使われはじめたから、今は上陸さえ困難だ」 「STIとサビート軍は協力関係にあるんですか?」 「表向きはね。実際はSTIが監視下に置かれてるって感じだ。だから第二研究所にまつわる情報は、身内である僕達にも一切明かされてない。何しろSTIのエージェントは全員エクシーダーだし、誰か一人でも軍に買収されたりしたら厄介だからね」 「STIが警戒しているということは、軍側にもエクシーダーがいるんですね?」 「さすが、よくわかったね。事実上の諜報機関と軍が互いに目を光らせているからこそ、今のレビアント島は蟻一匹通さない鉄壁の要塞なんだ」  エージェントとしては自分よりも遥かに手練であろうイリヤが「助けられない」と言っていた理由を知り、雄士は神妙な面持ちで賢人の方を見た。途端に話を聞いていなかったのかと思うほど涼しい顔で見返され、思わず拍子抜けする。 「お前なら余裕で潜入できるってことか?」 「まさか。蟻も通れないほど狭い所に人は入れないでしょ」 「……」  微かに上がった賢人の左の口角を眺めながら、どうやら策はあるようだとほっとした雄士は、改めてイリヤに確認する。 「第二研究所についての情報は、一つもないということですね?」 「いや……責任者がイカれ野郎ってことだけはわかってる。二年前までクラーク博士の助手だった奴だから」  イリヤが口にした「クラーク」という名前に聞き覚えがあり、雄士はショウに視線を向ける。  ショウは頷き、「俺の父だ」と答えた。 「あいつは……エリオット・ロスは元々まともだったし、悪い奴じゃなかった。実験の最中に頭を吹っ飛ばされてから、人が変わっちまったんだ」  淡々と事情を語ったショウに、すかさずイリヤが反論する。 「それはお前の思い込みだって何度も言ってるだろ。あいつはキーラの熱狂的な信者だから、置いていかれたことに耐えられなくて頭が狂ったんだ」 「それはお前だろ」 「はぁ? あんな奴と一緒にしないでくれる? 同じ信者でも、僕はキーラの気持ちをちゃんと理解してるんだから。キーラは復活実験が失敗だと分かってたからリグラトの処分を訴えたのに、上の奴らは聞く耳をもたなかっただろ。実際リグラトは手に負えない最悪な奴で、仲間を何人も殺した……だからきっと、キーラはあれ以上耐えられなかったんだ」 「聞く耳をもたなかったわけじゃない。処分する術がなかっただけだ」 「キーラならできた! あんなクソみたいな奴を庇うなんてどうかしてるよ……クラーク博士」 「ちょっといいですか」  まだまだ議論を続けそうな二人に強引に割って入り、雄士は先程から抱き続けてきた最大の疑問を口にする。 「頭を吹っ飛ばされて生きてるってどういうことですか?」 「ああ、ロスはシンビアントだからね。ぎりぎり即死じゃなかったから生き延びたんだって」 「……」 「ロスについてはもっと詳しく話しておいた方がいいかもね、危険な奴だから」  シンビアントになると再生能力が高まると聞いてはいたが、およそ人とは思えないその実態に絶句する雄士をよそに、イリヤは淡々と続けた。
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