複雑な感情

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「背景から説明しないとだから、昔話みたいになっちゃうけど……まず、キーラのお父さんのニコラエフ博士とクラーク博士は親友で、彼らの息子であるキーラとショウは幼馴染だ。ニコラエフ博士が亡くなった直後、ショウは入学したばかりの大学を辞めてSTIに入った。キーラは助けなんて求めてなかったと思うけどね」 「ロス」について話すと言いながら名前が出てくる気配すらなく、聞き手の顔に次々と困惑の色が浮かぶ。  ショウはため息を漏らし、どこかイリヤの機嫌をとるような態度で口を開いた。 「何度も言ってるが、俺はキーラのために大学を辞めてSTIに入ったわけじゃない。ニコラエフ博士が亡くなって、仕事の量が急増した父が過労死しそうだったからだ」 「ふーん。でもキーラは自慢げに話してたよ。お前が来てくれたから、お父さんと仲間の死を乗り越えられたって」 「『自慢げに』っていうのは、お前の勝手な妄想だろ」 「いーえ? ただの嘘でーす。お前はキーラを大好きだったけど、キーラはお前をまったく相手にしてなかったもんね?」 「……」  イリヤに堂々と嫌がらせをされたのは久しぶりだったのか、ショウはしばし唖然としたのち呆れた様子で言った。 「お前は俺を信じる気がないから何度言っても無駄だと思うが、キーラは俺にとって弟みたいなものだ」 「……へぇ? だったらなんでキーラはいなくなったの? 兄貴みたいに頼れるお前に一言も知らせずに」  急に涙目でショウを睨みつけたイリヤを見て、雄士は彼がいきなり昔話をはじめた理由に気がついた。  彼は「キーラの気持ちを理解している」と言ったが、それはただの想像にすぎないのだと自覚していて、だからこそ本当にキーラの気持ちを理解していたはずのショウを責めずにはいられなかったのだろう。  けれど彼は、今の今までその気持ちを抑え込んできた。キーラが自分達の元から去ったことは、幼馴染であるショウにとってはより辛いことだと分かっていたからだ。  ショウが指摘した通り、キーラがSTIを去ったことで何かが狂ってしまったのは、長い間どこにも吐き出せない複雑な感情を抱え続けてきたイリヤ自身だったのかも知れない。  ショウもまたイリヤが言わんとしていることに思い至った様子で、悔しげに顔を歪めた。  はっきりと感情を露わにする彼を初めて見た雄士は、思わず固唾を飲んで二人の様子を見守る。 「俺が悪かった……ずっと我慢させてごめん」 「は? バカじゃないの?」 「ああ、俺は馬鹿だ……」 「……はぁ。ほんとバカ。お前みたいな口下手にどうにかできたなんて、この僕が本気で思うわけないだろ? ただの八つ当たりなんだからいちいち謝んないでくれる? ていうかいいかげん大人になってくれない? お前がいつまでも嫌味と本音の見分けもつけられないガキだから、こっちは言いたいことも言えないんだけど?」 「うん……お前は優しいから、いつも俺のために我慢してくれてるのはわかってる。でも俺は……俺は……」 「はいはい、『言ってくれないとわからない』ね。僕が優しいとか感覚ズレすぎだし、不器用にもほどがあるし……ほんとにクラーク博士の息子なわけ?」 「……そっくりだとよく言われる」 「ハハハハハッ! 知ってる!」  長年の鬱憤を晴らせてすっきりしたのか、イリヤはしばらく笑い転げたのち、満足げに息をついて雄士達の方を向いた。
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