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「いやぁ……ごめんごめん。雄士君のおかげで久々に生きた心地がしたと思ったら、なんか無性に腹立ってきてさぁ」
「生きてる証拠ですね。俺も腹が減って死にそうなので、そろそろ話を戻してもよろしいですか?」
雄士の引きつった微笑みに背筋がひやりとしたイリヤは、すっと笑みを引っ込めて「もちろん」と姿勢を正す。
「ロスがキーラの信者だったのは、キーラが研究者として優れていたからですか?」
「それもあるんだろうけど、根本的には違うかな。あいつはキーラに恩があるからね」
「ガキ」と言われたことが後から効いてきたのか、仏頂面で黙り込んでいるショウを尻目に、イリヤは朗々と続ける。
「生前のニコラエフ博士はサビート国内の児童養護施設をいくつか支援していて、キーラは博士と一緒によく施設を訪れていた。ロスはキーラが出会った沢山の子供達の中の一人で、いつも独りぼっちだった。彼はサビート人じゃないから、周りに上手く馴染めなかったのかもね。でもキーラはあの性格だから、人種の壁なんて関係ないだろ? たちまち彼と仲良くなって、さらに隠れた才能にも気がついて、彼を名門ニコラエフ家に迎え入れたってわけ」
キーラの意外な一面に雄士が感心する一方、賢人は怪訝そうに言った。
「それは下僕としてか?」
「まさか! キーラはあいつを弟みたいに可愛がってたし、雑用すらやらせたことなんてなかったよ。ていうかキーラに対する印象おかしくない君?」
「あいつは悪魔だ」
「え……なに言ってるの? キーラは天使じゃん」
イリヤも賢人も本気で言っているのだと分かるだけに、雄士はなんともいえない気分になった。
一方どちらの言い分も理解できないという顔のショウは、呆れた態度で言う。
「ちっとも話が進まないな。お前はもう黙ってろ」
「ははっ、いいけど? お前がロスのことを上手に説明できるならね」
イリヤの挑発には慣れている様子で、ショウは眉一つ動かさずに再び口を開く。
「あいつが今でもキーラの信者だという確証はないし、説得はやめておいた方がいい」
「はぁ? お前あいつを説得するつもりでいたの? そんなお粗末な作戦よく思いつく……」
「ロスに俺達が警戒すべき能力はあるのか?」
ショウが口出ししたことで余計に話が進まなくなったのを見かね、賢人は冷静に最も重要な話題を切り出して二人の会話を遮った。
雄士はほっとしつつも、気力を取り戻したことで本来のペースに戻りつつある様子の彼らの言い合いを、もう少し見ていたい気もした。
まったく馬が合わないように見えて、時々互いへの深い愛情が垣間見える彼らのやりとりは、やはり夫婦のそれだ。
彼らに育てられた「翔太」は、きっと両親のどちらも自覚していない強さと優しさを備えた少年だろうと想像し、雄士は密かに口元を緩めた。
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