【第四部】「キーラ」

1/3
前へ
/32ページ
次へ

【第四部】「キーラ」

 雄士が恐るおそる扉を開けると、イリヤとショウは部屋の右端と左端に分かれ、何事もなかったように大人しく座っていた。  相変わらず表情は暗いものの、溜まっていた欲求を発散できたおかげか、二人とも顔色は大分良くなっている。 「待たせちゃってごめんね。Type:Eの発情って不便だよね……人前でもおかまいなしだしさ」 「……」  二人が少しでも精神力を回復できたのならそれでいいと、頭を切り替えさっそく本題に入ろうとしていた雄士は、イリヤの放った一言で微笑みを凍りつかせた。  絶句したまま徐々に青ざめていく雄士に気がつき、イリヤは「あれ?」と不思議そうに首を傾げる。 「ああ、もしかして誤解してる? 僕は差別意識とかないよ? 犬みたいでちょっと可愛いって思うし」 「黙れ」  怒りのこもったショウの一声に、イリヤは困惑の表情を浮かべた。  その反応からして悪気はなかった様子だが、「Type:Eは人前でもおかまいなしに、犬みたいに発情する」という決して誤りとは言えないイリヤの認識に打ちのめされ、雄士は言葉もない。 「悪いな。こいつはこういう配慮に欠けた奴なんだ……気にするな」 「はい……ありがとうございます」  元々暗かったショウにも負けないほど暗い顔で、雄士は無理やり口元に笑みを浮かべた。 「精神不安定」「陰鬱」はType:Iの専売特許だというのに、自分達以上に陰鬱な雰囲気のType:E二人にどう声をかけていいか分からず、イリヤと賢人の表情もどんどん暗くなる。 「なんかごめん……よく言われるんだよね、『空気読めない』って。もう僕達の息子を助けてくれる気なんてなくなっちゃったよね……?」  イリヤの沈んだ声ではっと我に返った雄士は、「いいえ」と慌てて否定する。 「俺がそういう話題に慣れていなかったばかりに……こちらこそ気を遣わせてしまってすみません」 「だよね? パートナーがいるのにそんなリアクションされるとは思わなかったしさぁ……ショウも大袈裟すぎだよ」  イリヤの開き直りの早さに唖然とする雄士に向かって、ショウは「悪い」というように軽く頭を下げた。  雄士はなんとか気を取り直してショウに微笑みを返し、改めてイリヤを見据える。 「俺達は翔太(しょうた)君を助けるために、全力を尽くします」 「ありがとう……本当に。もちろん僕達もありったけの情報を君達に提供する。なんか交換条件みたいになっちゃって申し訳ないけど……」 「いえ、助かります。先に確認しておきたいのですが、今日あなた達がリャンの自宅に現れたのは罠だったんですか?」  雄士が尋ねると、イリヤは何故かきょとんとした顔でショウを見た。  ショウも「何の話だ?」という顔をしている。 「お互い任務中だったわけですし、当然咎めるつもりはありません。ただの事実確認ですから正直に……」 「違う違う。そうじゃなくて……」  慌ててかぶりを振るイリヤに遠慮なく疑いの眼差しを向けた賢人を宥めつつ、雄士は「話して下さい」と続きを促す。 「むしろ僕達が罠にはまったんだと思ってたよ。話があるってリャンに呼び出されて行ってみれば、君達が待ち構えてたわけだから」 「リャンに呼び出された? それは本当ですか?」 「うん。それにニールが僕達を連れてワープする直前、リャンは忽然といなくなったよね? 彼はType:Iで、君達の仲間だったんじゃないの?」  イリヤの証言に、今度は雄士と賢人が顔を見合わせた。 「気づいたか?」という雄士の問いに対して首を横に振った賢人は、すかさずイリヤに冷ややかな眼差しを向ける。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加