雨上がり 店に飛び込む 娘ムコ

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雨上がり 店に飛び込む 娘ムコ

雨が上がった明け方。 コンビニバイトの夜勤を終え、原付バイクで帰宅した。 早く帰って寝たい。 その日も連続で夜勤の予定だった。 環七で世田谷を北から南へ、少々スピードが出ていた。 交差点の信号が青から黄色に。 いつもなら通り過ぎるタイミングだった。 だが、なぜか誰かに見られているような気がした。 「たまにはちゃんと停止するか」 停止線の直前で急ブレーキをかける。 と、ゴロゴロゴロッ……! 停止線の上でスリップしてしまったのだ。 気がつけば、俺の身体は道路を転がっていた。 「!」 俺の視界に近くの商店めがけて横滑りしていく原付バイクが入る。 スーッと導かれるようにバイクが店のシャッターにぶつかった。 ガッシャーン! 店舗のシャッターが衝撃でめくれ上がった。 バイクも当然無事ではないだろう。 最悪だ! 「イタタタッ」 起き上がると肘が痛んだが、大きなケガはないようだ。 しかし、精神的ショックが大きい。 一瞬の横転のせいで夜勤何回分の修理代を払うことになるのだろう……。 雨に濡れた白い停止線を恨めしく睨んだ。 ふと、でかい体のオジサンが立っているのが目に入った。 バイクがぶつかった店舗の前だ。 手招きされる。 「怒られるぞ」 覚悟しながらトボトボと歩いていく。 看板を見るとバイク屋だった。 オジサンはシャッターにめり込んだ俺の原付バイクを力任せに引っこ抜いた。 「雨上がりは気をつけなきゃな」 野太い声でオジサンがギロっと俺を見る。 まさか、このオジサンが義理の父になるとはこの時は思っていなかった。 オジサンは壊れて半分しか開かないシャッターはそのままにして、早速バイクの修理に取りかかった。 俺も自分でバイクの部品を交換するほどの整備好き。 ウマがあった。 「今夜も夜勤なんです」 俺が話すと、オジサンは自分の自転車を貸してくれた。 夜勤明け、自転車を返して修理が終わった原付バイクで帰った。 自賠責しか入ってなかったので全額自腹だ。 なのに、原付の修理代はおろかシャッターの修理代も請求されなかった。 バイクの話で盛り上がりすぎたからかもしれない。 そう思って翌日の夜勤明けも店に寄った。 早朝だったが、オジサンは店にいた。 またバイクの話で大いに盛り上がった。 お互いカワサキのZRXの大ファンで、その魅力を延々と語り合った。 ちょくちょく店に寄るようになった。 用事がなくてもただ喋りに行った。 オジサンには奥さんと同い年の一人娘がいた。 俺は勇気を出して原付バイクのツーリングに誘った。 オジサンが相手ではない。もちろん奥さんでもない。 娘さんだ。 交際が始まった。 そのうち、休みの日に一緒に晩ご飯を食べさせてもらえるようになった。 「整備士の資格を取らないか?」 一から教えてやるというオジサン。 俺は頭を下げて弟子入りした。 「娘さんをください」 次に頭を下げたのは、結婚の許しをもらう時だった。 正確には思い出せないが、バイクが店に突っ込んだことについては頭を下げた記憶がなかった。 雨上がりの朝、スリップしていなければ起きなかった奇跡が続いていた。 その後、残念なことが唯一。 孫の誕生を見ることなくオジサンが一人で天国へツーリングに出かけてしまったのだ。 俺はバイク店を引き継ぎ、妻と一人娘と義母のために休まず働いた。 オジサンの人柄に惹かれたお客さんが続けて店に来てくれたことがありがたかった。 月日はあっという間に流れた。 そして、今では俺が雨上がりに店の前で待っている。 いつか、娘ムコが飛び込んでくるのを。 俺とウマがあうといいな。 娘を幸せにし、オジサンが開いた大事な店を引き継いでくれるヤツなら最高だ。 それならバイクと店のシャッターの修理代はもちろん請求しない。 さあ、ドンと来い! (了)
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