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黒く塗った紙を太陽の下に置き、虫眼鏡をかざす。
手に持ったその撓んだガラス板を上下させると、光の環は揺らいで収束した。
すると、光の集まった点からチリチリと白い煙が細く立ち昇る。
「橋本さん!危ないから虫眼鏡で太陽を見てはいけません!」
先生が私の後ろを走り抜け、慌てて危険行為を止めに行く。
理科の授業だったろうか。遠い昔の記憶だ。
もし虫眼鏡で太陽を覗いたら、いったい何が見えるのだろう。
それは高2の時だった。
「うちには、あんたを大学にやるお金はないよ」
母の一言。
「そっか」
まるで他人の声のよう。無機質で乾いた空気の震えが喉を通り抜けた。
良い成績が書かれた模試の結果を、黙ってしわしわに握りしめる。
心を黒い幕が覆っていく。全てが遠くの出来事のようだった。
同級生が模試の結果や志望校について話す傍ら、静かにほほ笑む。
光の環が揺らいだ。
私が就職するころには、皆キャンパスライフの話に華を咲かせていた。
震える光が一点に集まる。
3年ほどたつと、課長の補佐として出世コースの女性がチームにやってきた。私と同じ3年目。大卒の25歳だった。
光の集まった点から、煙がゆらりと上がる。
4年目の冬。
高校時代の仲良しグループで集まることになった。
「私、日野商社に就職決まった!」
「うっそ、エリートじゃん」
「そう言って、あんたもメガバンクのくせに」
友人たちのめでたい話。就職先は名の知れた企業ばかり。喜ばしい限りだ。
熱を持った点は徐々に焦げ、穴を広げていく。
「てか、卒論終わった?」
「いやもう私今めっちゃやばい!終わるかなあ」
「がんばろ、あと少し!終わったら卒業旅行に行こうよ」
「いいねえ。フランス行きたい!」
「わあ、フランス、いい!親もこういう時くらいお金だしてくれるっしょ」
広がった穴の縁を舐めるように、揺らめく炎が移動していく。
胸が焦げ付くようにじりじりと痛んだ。
「ね、琴音も卒業旅行来ない?」
私に視線が集まる。
その瞬間、私の目の前は真っ白になった。
「……琴音?」
「何も見えない」
私はつぶやいて、ハッとする。
光がまた揺らいで、徐々に視界がもどってきた。
心配そうな友人たちの顔。
私は無理やり口角を上げた。
「心配しないで。ただ、眩しくて」
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