001:天啓

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001:天啓

 私は今。闇の中をふよふよと漂っている。 「何処だここは?」  そして私は誰だ?  私は私が思い出せない。何か大切なことを忘れているような?  いや。私は私に関する全てを忘れてしまっているようだ。何も思い出せない。大切なことも。大切じゃないことも。 「どうしよう……私。名前は何だっけ?」  名前さえ思い出せないことに不安になってきたところで突然。ぽつりと眼の前に小さな光が灯った。何か声がする。小さな声。何を言っているのか分からない。 「ねぇ、なんて言っているの?」  光に語りかける。すると光が少し大きくなった。すると声も少しはっきりとした。それは女性の声だった。 『……に、なりなさい。ぎょ……ざを……も……めよ』  私は光に問う。 「何? なんて言ってるの? 聞こえないんだけど? ぎょうざ? ギョウザを求めよっていった?」  すると光がさらに大きくなった。 『おうに……い。ぎょくざを……もと……よ』  おう?  ぎょくざ?  声が段々とはっきりしてくる。今度ははっきりと聞こえた。 『王になりなさい。玉座を求めよ。さらば与えられん』  王になれ。  光は私にそう囁いている。  光り輝き、そこに在るのに何処か希薄な存在感。  そんな存在が私に再び語りかけてきた。 「玉座を求めよ。王になりなさい。さらば与えられん」  王に。  私が……王に? 「貴女は誰ですか?」  問うてみた。すると声が答えた。 『アルカ・マルナ』  アルカ・マルナ……確か創造神の名だったはずだ。自分の名前は思い出せないのに創造神の名は覚えているとか。でもそんな私に創造神様が王になれと囁く。  お告げってやつだろうか。  声が木霊する。 『王へ……王に……求めよ。さらば与えられん』  何を与えてくれるのだろうか?  記憶とかも与えてくれるのだろうか?  私が失ったもの。  光がどんどんと大きくなる。段々と声がボヤケていく。  すると自分が目覚めようとしていることに気がついた。  意識が浮上を始めると私の口から声が漏れ出た。 「う。うぅ……」  私は自分が上げた声で目が覚める。 「な、に?」  すると辺りに声が響いた。男の声だ。 「おい! 生存者が居るぞ!」  ガヤガヤと自分の周りで複数の男たちの声がする。薄っすらと目を開けると光が目を焼いた。 「ま、まぶ、し……」  陽の光が眼の中に飛び込んでくる。視線をずらすと人影が見えた。逆光で顔は分からない。 「おい。大丈夫か!」  私は声を出そうと口を開いた。しかし声が出ない。喉がカラカラで口がカピカピだ。 「う、あ……けほっ」  すると人影の一人が私の頭を持ち上げてくれた。 「水だ。飲め」  コクコクと差し出された水を素直に飲む。そこに別の男性の声が聞こえた。 「隊長。こいつ頭を怪我していますぜ。どうします?」 「……手当てしてやれ。確か三等級のポーションが有っただろう?」 「え! 三等級を使うんですか?」 「あぁ。ここに散らばっている品を売れば充分に元は取れるだろうからな」 「見捨てて荷物だけ貰って行くってのは?」 「困ったときはお互い様だ。こういう時には人助けをしておくものだぞ?」  そう言って隊長と呼ばれていた男が周りに指示を出し始めた。 「おい! 荷物は全部集めろよ。取りこぼしは無しだ!」  そこで私の意識は再び闇へと落ちていったのだった。 ※ ※ ※  私は再び目を覚ます。木造りの天井が見えるが見覚えはない。 「……こ、こは?」  目を覚まして体を起こした私は辺りを見渡した。木造の室内に、これまた木造のベッドや椅子が置いてあるだけの簡素な室内。 「何処?」  私室という感じではない。私物らしきものが一つもないのだ。ただベッド脇のチェストには衣服が置かれている。とりあえず私は用意されているらしい衣服へと着替えた。簡素な木綿の服の上下だ。とりあえず、さっきまで着ていた服は折り畳んでチェストの上に置く。  もう何度目になるか分からない疑問を呟く。 「何処……ここ?」  状況がつかめない。 「何が起きているの?」  誰か答えてよ。混乱。自分の名前すら思い出せないのだ。状況も不明。不安がこみ上げてくる。そこへガチャリとドアを開けて入ってきた人物が居た。 「おや。起きたのかい?」  女性だ。黒い髪を後ろで一つに束ねた黒い瞳の女性。年齢は40代半ば頃だろうか。すこしふっくらしている。 「あ、あの…… ここは?」  女性が微笑み答える。 「うん。ここはギレッツェの町だよ。ギレッツェの町にあるフローレの宿屋兼酒場。分かるかい?」  私は少し考えてみた。でも聞いたことのない町の名に宿の名だ。 「ギレッツェの町? フローレの宿?」 「そうさ。この町に繋がる山道で、あんたは倒れていたんだ。大怪我をしてね。それをとある傭兵団が見つけて手当てをしてくれたのさ」  女性はそう言って、気遣わしげに私に尋ねてきた。 「それで何があったんだい? 現場を見たところグリフォンに襲われたんじゃないかって話だったけど?」  しかし私は答えることが出来ない。 「すみません。分かりません」  何も思い出せない。 「そうかい? まぁいいけどね」  そう言って女性は、コップを差し出した。 「ほら、これでも飲んで」  私は言われたまま水を飲む。そうしてお互いしばしの沈黙。そこで私は気になっていたことを尋ねた。 「あの…… 貴女は?」  すると女性が答えた。 「私は、この宿の女将だよ」 「女将……」  再びの沈黙。すると女将のほうが話し始めた。 「ところであんたの処遇なんだけどね」 「処遇?」 「そうさ。あんたを拾って手当をした傭兵団だけどね。あんたの宿泊費を三日分しか置いていかなかったんだよ。で、あんたが寝込んでいたのは五日だ。つまり二日分は働いてもらわないとと思っている」 「……断ったらどうなりますか?」 「そしたらあんたは奴隷落ちだ。大銅貨一枚分。奴隷に落ちるには馬鹿げた金額だよ」 「奴隷落ち……」 「そうさ。それが嫌なら宿泊費分はうちで頑張るんだね」 「……はい」  こうして、なし崩し的に私は宿屋兼酒場で働くことが決まった。 「ところでお嬢ちゃん。名前は?」  問われて私はとっさに名前を答える。ポロッとこぼれ落ちが感じだ。考えると思い出せないのに咄嗟にだと出たのだ。 「アヤです」 「ふむ。アヤちゃんだね。それじゃあ、よろしくね」  そう言って笑う女将に私は頷いたのだった。
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