もしも生まれ変わったら異世界へと思っていたら、転生先も俺でした。

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 さて、父が母と俺を視察旅行に誘ったのは、俺が五歳になった初夏の事だった。  俺はこの時の前世の事をはっきりと覚えていた。  視察先は、王都直轄地ハーデスだった。  俺の前世の記憶の通りならば、俺は森ではぐれる。そして一定の魔力量がなければ入り口さえ見えない洞窟に足を踏み入れる。当時は誰にでも見えると思っていたが、前世で研究した限りそれは間違いだった。俺は、俺以外にその洞窟の入り口を見たという者を知らない。  この洞窟の中に、古代に築かれたと思しき、召喚魔法円が存在していたのだ。  召喚魔法円は、召喚獣を召喚するために生み出されたものだ。  始めはそうとは知らず、俺は何とはなしに魔法円の上に立ったものである。  ――この世界には、召喚獣と呼ばれる存在がいる。  基本的に王族と、過去に王家と血縁関係にあった一部の貴族以外は、召喚できない。  王の証であり、高位の貴族の証。  召喚獣は強い力を持ち、人々をサポートしてくれる存在だと言える。  人間の持つ魔術ともまた違った強い力だ。使い方によっては兵器となる。  その存在を喚ぶために、召喚魔法円と呼ばれるものが必要なのだ。  洞窟に刻まれていた魔法円は、神話や伝承にも名前が出てくるラクラスのものだった。  ラクラスは、始祖王の三匹目の召喚獣だったと伝わっている。  史上最強の攻撃力を持ち、魔族の大群すら指先一つで灰燼に帰す事が出来ると記録されていた。当時の俺は勿論そんな事は全く知らなかった。その上前世で、魔法円は俺の魔力に勝手に反応した。  そうして伝説の召喚獣ラクラスをわずか五歳で手に入れた俺の立場は、盤石のものとなった記憶がある。これも確実に〝フラグ〟だ。 「スルーすべきか……」  今世において森に入った瞬間、俺は呟いた。  正直迷う。前世を振り返ってみると、信用できるのはラクラスだけだ。召喚獣は主人には決して嘘をつかない。わざと黙秘する事はあっても、決して嘘はつかない存在なのである。若干気まぐれなところがあるラクラスだが、俺にとっては、いい相棒だったようにも思う。軟禁される直前に、強制的に契約を解消して逃がしてから会っていない。元気にしているだろうか。それも気になった。まぁ向こうは俺を覚えていないのだろうが。  ――やっぱり。  これはいくらフラグを立ててしまうかもしれないとはいえ、ちょっとスルーできない。 それくらい俺にとってはラクラスは大切だ。  そこで俺は、今世では意図的に森ではぐれた。前世では偶然だったのだが、細心の注意を払い、周囲から離れて洞窟へと向かう事にした。  そして無事に入口を見つけて安堵した。中へと入れば、召喚魔法円がある。  しかし少し不思議な事があった。前世で俺は何度か、独自の研究成果で魔法円の術式を書き換えて地に刻み直したのだが、その修正した状態の魔法円が、洞窟の地面に広がっていたからだ。誰かが俺と同じ解を導出し、既に契約したのだろうか?  疑問に思いつつも、俺は自然と魔法円の上に立った。すると淡い金色の光が溢れた。 「やっと来たのか」 「……ラクラス」  一切変わらない姿とやる気の感じられない声。懐かしくなって、思わず自然と俺の頬が持ち上がる。  とはいえ、向こうは俺を覚えていないのだから――……。 「忘れるはずがねぇだろ。お前みたいな特徴的な主人を」 「勝手に人心理解の術を使うなと何度言わせれば……え?」  昔の癖で反射的にそう言いかけてから、驚いて俺は顔を上げた。  ――『忘れるはずがない』……? それは即ち、俺の事を覚えているという事か……? 「召喚獣に時間の概念はない。全てが〝今〟であり〝昔〟だ。このフィールドの時間軸は前にしか進まない。人の世の理とは違う」 「……」 「返すからな」  ラクラスはそう口にすると、赤い魔法石がはまった指輪を俺の前に落とした。  慌てて両手で受け取る。  この指輪は、〝契約の証〟だ。 「また契約してくれるのか?」 「『また』もなにも、ずっと契約したままだ。解消した覚えは無ぇぞ」  なんだか胸がじんわりと温かくなった。ありがとう、ラクラス!  思わず俺はラクラスに抱きついた。人型をとっているラクラスは、そんな俺をつまみ上げた。幼い俺は宙で揺れた。 「ひっつくな。暑い」 「悪い。降ろしてくれ! そ、それと、相談があるんだ」 「なんだ?」 「ラクラスと契約した事実が広まると、また俺は王位継承権争いに担ぎ出されるかもしれない。それを回避したいんだ」 「なるほど。第一王子の息の根を今の内に止めておけばいいんだな」 「な、なんて事を言うんだ! 違う! 穏便に事を運びたいって言ってるんだよ!」  その発想はなかった。ただ確かにラクラスの提案は……的を射ている……。  だが国王になったら、絶対に前世以上に毎日が大変だ。  俺はスローライフを謳歌すると決めているのだし、仮にも異母兄――家族の血は見たくない。向こうは前世で、あっさりと俺を処刑したとはいえ。 「まぁフェルになら、付き合ってやっても良い。俺は久々に王都で酒でも飲んで過ごす。用がある時はいつも通り喚んでくれ。獣か何かの姿を一時的にとって会いに行く。指輪はこの鎖で、首にでも下げていろ」  ラクラスはそう口にすると、俺に銀の鎖をくれた。ありがたい配慮だった。この指輪があるかぎり、何処にいても連絡を取る事ができる。前世では人型のラクラスを従えていたから、俺はあまり他の姿は知らないが、鳥や犬になったところは見た事がある。ちなみにラクラスの真の姿は、青緑色の飛竜だ。だから長めの髪も青緑色だ。 「じゃあまたな」  そう言うとラクラスが消えた。一人残された俺は改めて再会の喜びを噛みしめた後、洞窟を後にしたのだった。  そして、両親に全力で泣かれた……心配していたと言われて抱きしめられた時、この二人が両親で良かったと、心底思ったものである。  そうして月日は流れ、ついに俺は六歳になった。  母と共に、これからは王宮で暮らす事になるので王都へ向かった。  俺の生誕祭かつ歓迎会が催される事になった。俺はこの日の記憶も持ち合わせていた。  ただ前世では隣に母はいなかったが。  それ以外は会場の装飾をはじめ、なにからなにまで全て同一だ。  俺は大きく深呼吸した。ある種、ここから戦いは始まるのだ。異母兄である第一王子、ウィズとの第一次接近遭遇という一大イベントがあるのだから。緊張しながら会場に入った俺の耳に、その時貴族達が話している声が響いてきた。 「ウィズ第一王子殿下は、さすがだよな。史上最年少の十歳にして、水系最高峰といわれる召喚獣ユーピルテを呼び出すとは」 「このままご成長なされば、人型化させる事も可能かもしれないと聞いたよ」  俺は目を伏せた。  そう、そうなのだ。兄も普通に凄いのだ。ただ、自慢じゃないが、俺の方がもうちょっとだけ凄かっただけなのだ。  ちなみにユーピルテは、兄が十五の年には人型になる。人型をとるというのは、召喚獣には少々難しいらしく、主人が魔力を貸し与える事で初めて成功するそうだ。  ただ最初から人型のラクラスは、例外的な力を持っていて、俺の魔力は無関係の様子だ。前世で研究したかぎりでは、他に考えようが無かった。  ――それにしても良かった。  俺がラクラスと契約した事はバレていないし、歴史は変わっている。  そこへコツコツと音が響いてきた。  靴の踵を鳴らしながら歩み寄ってきたのは……兄だった。 「お前がフェルか?」  金糸の髪に紫紺の瞳。母似の俺は黒髪で、父に似たのは瞳の色の緑だけだ。  顔の造形は、ウィズは父に瓜二つである。  現在異母兄は十歳。  俺は兄を見上げた。前世では非常に険悪な仲だった事を思い出す。  嫌味ったらしいツンツンしたところが当時は気に食わなかったわけであるが、現在、俺は中身はもういい大人だ。大人なのだ。冷静にならなければ。 「兄上? はじめまして! フェルです!」  満面の笑みを心がけた俺は、天真爛漫を装った。俺はこのキャラでいくつもりだ。  今後一生をかけて、無害だとアピールし続ける! 「ずっと兄上にお会いしたかったんです。僕の兄上は凄いってみんなが言うから、僕、嬉しくて嬉しくて!」 「フン。俺がすごいことは周知の事実だ。当然だな。誇れ」 「はい!」 「お前は出来が悪く無能だと聞いているぞ。兄として嘆かわしい」  さすがに俺も、イラっとしたが、ここは堪えた。  一時の怒りで人生を狂わせるわけにはいかない。  前世では怒りから攻撃魔術を放ったような気もするが、それはまずい。 「ごめんなさい……僕、僕、もっといっぱい頑張っていつか兄上のお役に立てるようになります!」 「愚鈍な者はいくら努力しても天才には勝てない」  前世で、そして多分、今世での現在の実力的にも、天才は俺の方だからな!  と、言い返したくなったが、ぐっと堪える。 だんだん俺の頬が筋肉痛を起こし始めた。それでも俺は必死に笑った。 「兄上が一番です! 格好良くて強い兄上! 大好き!」  やけくそになって俺は言い放った。兄が真っ赤になったのはその時の事だった。  なんだ? さすがに嫌味だと思ったのか? 怒らせたか?  当初そう考えて焦ったが、しかし……違ったらしかった。 「しょ、しょうがないから守ってやる! 俺はお前の兄だからな! 将来、この国の頂点に立つものだから常にというわけにはいかないかもしれないが、守ってやる! 喜べ!」 「ありがとうございます!」 「特別に、名前で呼ぶ事を許可する! ウィズで良いぞ。と、特別だからな!」  ……。  なんだこれ。ちょっとよく分からないが、兄は、どこか嬉しそうに見えた。  まぁいい。とりあえず険悪な仲になるのは避けられた。  そんなこんなで、俺の城での生活は始まった。
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