もしも生まれ変わったら異世界へと思っていたら、転生先も俺でした。

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 さて、王宮へと来てしまった俺だが――俺の最終目標は将来的に、五歳まで過ごした母方の祖父の家に戻り、スローライフを送る事だ。煩わしい王宮事情と微塵も接点の無い生活を俺は目指す!  そのためにはどうすればいいか。やはりあれだろう、第一案として、『病弱なので静かな土地で静養します作戦』を実行する事だろう。これならば誰も文句を言うまい。という事で、俺は六歳から九歳の間、月に一度は風邪をひいた。仮病である。  なお六歳からは、王族の子女には家庭教師がつく。  魔術・召喚術・剣術・勉学・礼儀作法・音楽・ダンス等々。  当然俺は前世では、全て学んだ。完璧だと賞賛された過去が懐かしい。  だが今世での俺はサボりにサボりまくった。病欠だ。  第一真面目に受けていたら教師陣より俺の方がデキる事が露見してしまう。  魔術は魔力を隠しているし、召喚術も、召喚獣は公的にはまだいない事になっているから座学だけなのでまだいい。勉強や教養もなんとかなる。  しかし一つ、ごまかすのが大層難しい授業があった。剣術だ。子供相手の教師だし、貴族が王族の家庭教師をしたという栄誉を得るためにかって出ているだけだから、仕方ないのかもしれないが……この先生がまた弱い。前世での俺は家庭教師を六度チェンジして最終的には本物の冒険者に生の剣技を叩き込まれた。体が覚えているはずもないのだが、なんと意識した通りに今も俺は動く事が出来た。そのためついうっかりすると、[[rb:殺 > ヤ]]りかけてしまう……。しかし俺は剣技で頭角を表してはならないのだ。絶対にそれだけはダメなのだ。なぜならばそれもフラグだからだ。そして運命の十歳の時の武道会を無事に乗りきらなければならないのである!  そして俺は、十歳になった。  この頃になると、俺は周囲の人間にヒソヒソと陰口を叩かれるようになっていた。  魔力を持っている気配すらほとんどなく、兄とは異なり召喚獣一匹いないためだ。  ……平均的には召喚獣は十代後半くらいで召喚に成功する事が多いので、俺はそれまでは絶対にラクラス以外とも契約はしないつもりである。世界の平均値を目指す所存だ。前世ではラクラスが強すぎたため他の召喚獣とは契約しなかったのだが、やろうと思えば出来る。  それにしても……もうすぐ武道会だ。憂鬱である。ヒソヒソされているのはどうでもいいが、そちらは最大の懸念材料だ。だから俯いて溜息ついた時だった。 「お前達! 俺の弟になんという礼を欠いた振る舞いを! フェルはこの俺の弟なんだぞ! 今後二度と王宮への出入りを禁ずる! 第一王子の名を持って処罰する!」  兄がいつの間にかやってきたと思ったら、そんな事を叫んだ。  聞こえるように陰口を叩いていた人々が顔面蒼白になっていく。十四歳になった兄は、背も伸びてきて、風格も出てきた。 「あのように下賤で、心ない者の言葉に落ち込む必要はないからな」  そして兄はそう述べると、俺をギュッと抱きしめた。なにか勘違いされたと分かる。別に俺は誹謗中傷に傷ついてて溜息をついていたわけではないのだが……。 「フェル、今日は具合は良いのか? 顔色が優れないぞ? 熱は……無いな」  俺を片腕で抱きしめたまま、兄がピトリと手で額に触れてきた。寧ろ兄の手の方が熱い。なにせ俺は仮病だからな。 「ありがとうございます、兄上!」 「いつもの通りウィズで良い。敬語もいらない。フェルは特別だからな!」  兄が微笑した。  俺はいたたまれなくなってきた。これが子供ゆえの純真さなのか……。  ウィズは俺に尋常ではなく優しく育っている。前世ではこの歳の頃は、会えば互いに無視か嫌味の応酬していたものだ。この兄の変わりっぷりはなんなんだよ!  ただ俺以外には、兄は冷たいのではあるが。兄の家庭教師なんてすでに十人以上投獄されている。あんまりにも俺に優しいから裏がありそうで怖くなってくるほどだ。とりあえず気は抜けない。 「ウィズも、俺の中で、特別だ!」  いろんな意味でな。まぁ特別である事に変わりは無いな。  とりあえず俺は棒読みにならないように気をつけて、そう告げた。  なお最近俺は、一人称を変えた。かわい子ぶろうと思って使用していた『僕』という一人称だが、生涯貫き通すのは無理だと思ったのである。『兄上の真似っこ』と言ったら周囲に微笑まれたものである。  そんな風に時は流れ、懸念していた十歳の武道会の日が訪れた。  これは国王陛下に貴族が忠誠を誓っているのを披露するという名目で開かれる剣術戦だ。王族の子息は十歳から強制参加だ。元々貴族間では魔術の方が普及しているため、剣技の振興のために催される。同時に騎士選抜試験の一次試験でもある。だから本気の剣士も多い。そして前世で俺は、初出場で初優勝を果たした……。大人も大勢いたのに。優勝者には名誉騎士の称号が授与される。この時優勝したせいで、国民にも俺の天才っぷりが広まったという黒歴史がある。観客には国民も多いからだ。俺は剣技も超一流だったのだ……昔はそれが誇らしかったわけだが、今は違う。最大限努力して負けなければ……! 目指すは、初戦敗退!  俺はこの日のために建設されたコロシアムに立った。  初戦の相手は誰だったか……記憶があんまり無い。そう思っていた時、黒衣の青年が正面に立った。……! ユーリスだ! すでに宰相補佐官の地位にある。未来の宰相!  そうか、ユーリスとの初対面はここだったのか。前世ではいつの間にか顔見知りになっていた記憶しか無かったのだが、ありありと思い出した。非常に弱かったため、初戦で戦っていた事など忘れていた。なにせ前世では、一撃で跪かせたからな! 気分的には血祭りにしてやりたいが、そんなことをすれば俺の計画は頓挫する。堪えろ、俺! 「はじめ!」  開始の合図が響いた。俺は剣を両手で握り、間合いを取った。適当に二度・三度打ち合ったら、誘い込ませて負けよう。 「たぁ! はっ! やぁ!」  我ながらやる気の無い、本当に覇気の無い掛け声で、俺は一歩前へと出た。  すると一瞬ユーリスの瞳が鋭くなった。  ――ん? あれ? ユーリスから感じる冷静な空気。これはかなり腕がたつだろう。俺は前世の時にじっくり学んだので、気配や感覚で相手の力量がある程度分かる。  ……しかし剣を横にしたユーリスはヘニャヘニャしながらさも必死そうな表情に戻って剣を受け止めた。危うく押しきってしまいそうになった俺は、力を抜いて一歩後ずさる。さぁ! さぁさぁさぁ! お前、その力量なら踏み込んでこられるだろう! 「くっ、さ、さすがは第二王子殿下……!」  しかしユーリスがそんな事を言った。  ――は?  ポカンとした俺にやっとユーリスが踏み込んできた。しかしあからさまに俺が受け止めやすいように剣の軌道をゆっくりと逸らした。な、なんだと?  俺は慌てて受け止めたフリをしながら焦った。そして気づいた。こいつ……まさか……俺同様負ける気か!? ふざけるな! さっさと踏み込め! 俺を負けさせてくれ!  しかしユーリスも、別の意味で負けてはいない。  何度かの打ち合いの末、向こうも悟ったのか、とにかくひたすら転ぼうと試みているのが分かった。  なんだ、この攻防は!  俺とユーリスは、お互いに自分が負けるべく必死に、へなへな剣技を繰り広げる事となった。  そして一時間の死闘の末、先に根をあげたのは、幸いにもユーリスだった。当たり前だ。俺は命がかかっているんだからな! 負けるという戦いに敗北するわけにはいかなかったのである。  地にお尻をついて、弾き飛ばされた剣の音を聞き、俺は安堵したのだった。 「お怪我はありませんか?」 「な、ない」  戦闘終了後、差し出された手。それを取らないのも悪いので、指をのせて俺は立ち上がった。少なくとも前世ではユーリスに剣の力があった記憶はない。剣を使っているところを見た事がない。多分、隠していたんだろうな。こいつ、喰えない。俺は背筋が冷えた気がした。ユーリスに関しては、今後極力関わらないべきだ。絶対に、危ない。  こうして重要な事を再認識し、俺の武道会初戦敗退という目標は達成されたのだった。なおこの大会のおかげで、前世では天才だと広まった俺の噂は、今回は、第二王子は無能という噂に変わって広まっていった。計画通りである。そこは本当に俺、よくやった!  その後俺は、十一歳までの間、おとなしく日々を過ごした。  さてここまで仮病を使いまくり病弱風で押し通してきた俺。  そろそろ良いだろう。  母方の侯爵家に引っ込もう。  特にユーリスという危険因子の存在も明らかになった以上、早いうちに王宮生活をドロップアウトして、スローライフに移行したかった。  切り出し方には少し迷ったが、俺は三ヶ月に一度開かれる、父である国王陛下と、正妃様、俺の母を始め子供のいる側妃、第一王子である異母兄や俺の下の妹弟達までが集まって開かれる茶会の場で切り出すことに決めた。  母にだけは事前に伝えておいた。母はいつもの通り微笑しながら「それがフェルの決めた道なら」と言ってくれた。本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。生まれ変わって一番良かった事は、母との出会えた事かもしれない。  さて、一口紅茶を口にしてから、俺は切り出す事にした。 「父上、お話があります」 「なんだい? フェル」 「俺は体が弱くて中々みんなのお力になれません。だからお祖父様の侯爵家でゆっくりお休みしようと思うんです」 「フェルは体が弱いからね。静養か、良いかもしれないね。どのくらい行くつもりだい?」 「元気になるまで暮らしたいと思います。一生かかるかもしれません」  かもというか、俺は金輪際王都に戻る気はないんだけどな!  そんな内心を押し殺し、なるべく儚い笑みを俺は心がけた。  ガタンと音がしたのはその時だった。 「駄目だ! 行かせない!」  テーブルを勢いよく叩いて立ち上がったのは、兄だった。しかも……なんと、泣いていた。 「フェルがいない王宮なんて無価値だ! どうしても行くというのならば俺も行く!」  ――は!?  俺は唖然としたまま、耳を疑った。 「なんと麗しき兄弟愛なのでしょう」  正妃様が扇で顔を隠した。目元には涙が光っている。感極まっている様子だ……。 「あ、兄上は将来父上の後を継ぎ国を導かないとならな……」 「国は大切だ。でも俺にとってフェルは何にも変えられないかけがえのない弟なんだ! お前は俺が守る! そのためには、王位など邪魔なだけだ!」  う、嘘だろ? 前世では、あれほどこだわっていただろうが! 「王宮で卑しい噂話があり、フェルが悲しく辛い思いをしているのはわかっていた。兄として今後それを一掃する! 誓う!」  いや別にあの程度の陰口で、俺の自尊心は傷つかないのだが……。 「ウィズが優しい子に育ってくれて本当に嬉しいよ」  父が悠然と笑った。た、確かに優しいかもしれないが……優しすぎるだろう! 「けれどね、フェルの体調の件は憂慮しているんだ。なんとかこの王都において療養できるといいんだけれどね」  穏やかに笑ってはいたが、同時に心配そうに父が俺を見た。  ……心が痛い。『仮病です、ごめんなさい』と、言ってしまいたくなる。  しかしこの流れ……行かせてもらえなさそうじゃないか……? 「そうですわ、陛下! 確か、宰相補佐官のユーリスの生家、アルバース子爵家が異国から滋養の薬草を輸入したとか」  正妃様がパチンと閉じた扇で掌を叩いた。 「ユーリスに話を通し、フェル様の体調にあった薬草を煎じてもらってはいかがでしょう?」 「まぁ……正妃様! フェルのためになんと温かいお気遣いを……!」  乗り気な調子で母が嬉しそうに頬を染めた。俺は、ユーリスの名前を聞いて硬直した。 「よしわかった。すぐにアルバース子爵に連絡を取り、ユーリスには補佐の仕事のほか、フェル専属の薬師の任も与えよう」  父が断言した。前世ではちょっと違ったが、この展開も実はあった。正妃様はアルバース子爵家を贔屓にしていたという事実がある。そして前世でユーリスは、当時既にこの年の頃は働き出していた俺に、疲労回復の薬草を定期的に持ってきてくれる任にあったのだ。そこで俺は、前世で王位簒奪を唆されたという流れだ。  ……地味に前世をなぞっている。歴史は、大きくは変わっていない。  それにしても、病弱はアウトだ……! 俺は発見した。第二案に行くしかない。見限られ作戦だ。俺はこちらの伏線も常々張ってきたつもりだ。魔術も召喚術も剣術も勉強も出来ない俺! 行け! ファイト! 落ちこぼれてグレた感じを目指せ!  こうして俺の、新たなるドロップアウトのための作戦は開始された。
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