玉蝉(ぎょくせん)

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 綾部が誇らしげにそう言って宝石箱の蓋を開けると、オルゴールがヴィヴァルディの「春」のメロディを(かな)で、甘い香水の香りが辺りに漂ったが、綾部は言葉を続けることもなく呆然(ぼうぜん)とその場に立ち尽くした。翡翠の玉蝉はどこに消えたのか、箱の中には何も入っていなかったのだ。  柏木からの通報を受けて、堂島警部補が鑑識官の前園と、二名の警官を伴って会場にやってきた。到着までに要した時間は三十分程で、前園は宝石箱とその周辺の指紋を採取すると、分析のために本庁に戻っていった。  事件の経緯の説明と関係者の紹介を終えたところで、柏木は堂島に改めて()びを言った。 「すみません、堂島さんが盗難事件の担当ではないことは承知しているんですが……」 「担当部署なんて、柏木さんが気にされることじゃありませんよ。それに、私を呼び出されたのも、何か理由があってのことでしょう」 「ええ、状況を説明するだけなら、他の方でもよかったんですが、玉蝉を盗んだ犯人を捜すとなると、これまでと同じように、堂島さんや前園君と一緒の方がきっとやりやすいだろうと思ったものですから」
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