玉蝉(ぎょくせん)

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 続いてやってきたのは胸飾りの発注者で、講演の依頼者でもある綾部渡と妻の玲香(れいか)だった。二人とも銀製の蜘蛛(くも)のブローチをしている。麻のジャケットの襟元(えりもと)につけられた渡のブローチのほうがやや小ぶりだが、デザインはまったく同じだった。渡も玲香も三十代半ばだろう。渡からは若手事業家のバイタリティーといったものは感じられず、生まれつきの資産家として、趣味に没頭する半生を送ってきたであろうことが見てとれた。 「やはり、柏木先生にお願いして正解でした。昆虫好きは妻と僕くらいのものじゃないかと思うんですが、皆お話に聞き入っていましたからね」 「あんなに面白い内容を、とてもわかりやすく説明してくださるんですもの、誰だって夢中になりますわ」と玲香が付け加えた。 「ありがとうございます。そのブローチ、蜘蛛がモチーフなんですね。アンティークですか?」  柏木は黒いドレスの胸元で涼しげな輝きを放っているブローチに目をやりながら言った。
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