蠱惑Ⅱ『酒仕込み唄』

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「さっきあいつ、資料館に上がって行きましたよ」 「まだ夢中になってんじゃねえの」 「まったくよ、こっちは買い物早く切り上げて戻って来たのによ」  後ろから不満の声が聞こえてきました。 「ラインしてみろよ」  同僚同士も苛立ちから喧嘩口調になっていました。 「既読になったけど返信は無い。あいつおかしいんじゃねえの。人を待たせておいてよ」  車内は毛利の無責任さで空気が澱んでいます。 「ちょっと、すいません」  私は運転手に一礼して酒蔵に戻りました。 「すいません、うちの社員を見ませんでしたか?」  酒蔵の店員は首を傾げています。 「そうですか、もし見掛けたらすぐにバスに戻るよう伝えてください」  私はバスに戻りラインを送りました。同僚が言っていたように既読になりますが返信はありません。 「香川さん、出発しましょうよ。あいつわざと遅れているんですよ」 「もう五分だけ」  私は運転手に手を合わせました。運転手も苛ついていました。これから渋滞が始まる時刻です。その前に抜けてしまおうと組んだ工程です。五分、十分の遅れが一時間、二時間の遅れに繋がります。運転手の咳払いが聞こえました。発車の催促をしています。 「あのう、到着が18:00を回ると追加料金が発生します。契約書に書いてあります。宜しいでしょうか?」  ガイドが私に確認しました。 「仕方ない。行きましょう」  バスは発車しました。もしかした下痢でトイレから出られないのだろうか?資料館で躓いて転んで怪我をして立ち上がれないのだろうか?そんなことはないだろうと否定しながらも色んな不祥事が頭をよぎりました。  
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