蠱惑Ⅱ『酒仕込み唄』

5/10
前へ
/10ページ
次へ
「こんにちは」  ポストにはチラシが詰まっています。居ないと思いながらも声を掛けました。私は彼のアパートの玄関前でライン電話をしました。受話器があげられました。 「毛利君、毛利君だね。私だ、香川だよ。みんな心配してる。家にいるのかい、私は君んちの前にいる。居るなら開けてくれないか」  変な節の歌が微かに聞こえましたが毛利の返事はありません。 「毛利君、毛利君」  隣から夫人が出て来ました。 「毛利さん留守ですよ」 「何か言い残しているんですか?」 「大家さんが確認したから間違いありません。会社の旅行で二日間空けると大家さんに言い残してます。お土産を持ち帰ると大家さんも喜んでいたんです。毛利さんいい人だから大家さんにも好かれていますから。でも十日も戻らないので不審に感じてご実家に許可を得て中に入ったんですよ」 「それ何時の話ですか?」 「昨日です」  私は大家に行き経緯を訊きました。大家は毛利のことを我が子のように心配していました。 「会社で何かあったんですか?あんないい子そうそういませんよ」  大家は毛利の失踪が私のせいであるかのように言いました。 「実家に戻っていることはありませんか?親御さんが隠しているとか」 「ありません。あたしは親御さんに東京のお袋さんと呼ばれています。毛利君も懐いてくれています。それに毎日電話をして確認をしています。親御さんは私に嘘は吐きません。家賃の心配までしてくださって。会社はどうなっているんですか?」  大家に睨まれました。 「すいません」  謝る以外に大家の怒りを鎮めることは出来そうもありませんでした。見つかったら必ず一報を入れると約束して後にしました。そしてあの酒蔵に行きました。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加