蠱惑Ⅱ『酒仕込み唄』

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「こんにちは、私は10日前に立ち寄らせていただいたグループの幹事です。その節はお世話になりました」 「こちらこそありがとうございます」  女将は礼を言いながらも何しに来たのかを探っている様子でした。私は実情を話していいかどうか迷いました。女将も営業なのかどうか、私の心中を察しているようで、愛想笑いもぎごちなく感じられます。 「あのう」 「はい」  私の出方を待ちわびていたようです。 「三階の資料館を見学させていただいていいでしょうか。先日見学して虜になってしまいました」 「はあ、どうぞどうぞ」  女将はほっとしたような表情で手を階段に差し向けた。まさか毛利がいるわけがありませんが、何かを感じたならそれを見極めたいと思いました。二階まで上がると歌声が聞こえてきました。歌謡曲でもない、クラシックでもない、どちらかと言えば民謡調。中三階の踊り場まで上がると声がはっきりとしました。 『はあよいさのこら~さ 酒の神様、おなごを嫌う、されど親方いい男~やれさ~のほいさ~ やれどっこいさ~の~こ~らさ~♪』♪  あの壁に歌詞が張り付けてある酒仕込み唄でした。三階に上がり驚きました。酒のラインが動いています。先日来た時は杜氏の人形が三体でしたが四体に増えていました。驚いたのは電動で動いているじゃありませんか。動きはぎごちないが大樽を櫂棒で攪拌しているのは三人の蔵人でしょう。そして櫂入れを見守りながら歌うのは杜氏です。口の動きもぎごちなく、ロボットとしては高性能とは言えませんがそれがまたいい雰囲気を醸し出しています。 『♪はあよいさのこら~さ 酒の神様、おなごを嫌う、されど親方いい男~やれさ~のほいさ~ やれどっこいさ~の~こ~らさ~♪』  杜氏の歌に合わせて蔵人が掛け声を入れます。私も釣られてしまいました。いつまで聞いていても飽きない光景です。私は杜氏のロボットに会釈しました。すると勘違いでしょうが返してくれたような気がしました。
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