蠱惑Ⅱ『酒仕込み唄』

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「ああっ」  そうです、壁に掛かれた酒仕込み唄です。私は階段を駆け上がりました。 「お客さん」  女将が私の背に声を掛けました。中三階の踊り場まで走ると威勢のいい酒仕込み唄が聞こえます。それもさっきのロボット4体ではなく、大勢の合いの手が入ってます。 『♪はあ よいさ~のこらさ~ どっこいさ~のこ~ら~さ~』 「これは一体」  私は入り口で立ち止まりました。動きはぎごちなくまるでロボットのようですが、表情は気色が良くて、声もその一体一体の口から出ているように感じました。 「女将さん、これは」  女将は腰を抜かしてへたり込みました。  「見学ですか?」  つかつかと近付いて来た一体のロボットが私に言いました。法被に姐さん被りの蔵人です。どこかで見たことがある顔、それに声。 「私ですよ香川さん、毛利ですよ」  姐さん被りを外した毛利が笑いました。 「毛利君、どうして?」 「どうしてもこうしてもありませんよ。あなたが見学しろと仰った。無視して誰も行かないなら私が行くしかありませんでしょ。毛利さんがカッコ付かないでしょ は~どっこいせ~ こ~ら~せ~」  毛利は私と話しながらも合いの手を入れていました。 「ごめん、悪かった。私は一人だけ見学して、面白くもない資料館に足を踏み入れた。誰かにもその『来なきゃよかった、騙された』と思い知らせたかったんだ。それを毛利君が、気を遣ってくれて見学してくれた。でも、ここまですることはないだろう。さあまだ間に合う。私と一緒に帰ろう。お願いだ」 「いいんですよもう、それに僕が帰ったらこの人達に悪い」 「彼等は誰なんだ?」 「私と同じ思いをした人達ですよ。気遣いで見学をしてそのまま戻れなくなった人達」 「ロボットじゃないのかね?だってあの動きはまるでロボット」  私が見上げるとこっちを見て微笑んだ。
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