蠱惑Ⅱ『酒仕込み唄』

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「ロボットに見せかけているんですよ。まだ仕込みの真似事ですから、いずれ製造ラインを動かすことになります。人数も揃ったんです。は~どっこいせ~のこ~らせ」 「そんなことをしてどうするのかね?」 「気遣いを本物にするんですよ。誰かに気遣うことで損をするのはもうこりごりです。ここに見学に来た人たちが、この姿を見て、凄いと驚いて帰る日がもうすぐそこまで来ているんですよ。忙しくなりますよ、女将さん」  女将は腰を抜かしたまま階段を這って下りました。踊り場で毛利が抱え上げました。 「駄目ですよ女将さん、今誰かに言っては、そうだ蔵人たちに女将さんを紹介しましょう。は~どっこいせ~」  毛利は女将を抱え上げて大樽の前で降ろしました。そして女将の周りに輪になりました。 『♪はあよいさのこら~さ 酒の神様、おなごを嫌う、されど親方いい男~やれさ~のほいさ~ やれどっこいさ~の~こ~らさ~♪』  女将の周りを回りながら仕込み唄を歌います。私が逃げようとすると杜氏が笑いながら通せんぼをしました。 「私は関係ない。この仕込み唄のグループに入ることはない。そんな気遣いをしなくていい」  私は杜氏にはっきり言いました。 「それじゃどうして僕に気を遣わせたんだよ」  女将の周りを廻る毛利が大きな声で言いました。 「面白くもない資料館を面白いだなんて人を騙したんだよ香川さんは。誰も階段を上らなければ僕が上るしかないじゃないか。もし僕が上らなければ香川さんが落ち込むじゃないか。それぐらい分かってよ。人に気を遣わせるならそれぐらいの覚悟をしてよ」  毛利が言いました。
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