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 清宮 満は生まれながらに全身が真っ黒だった。  ただ、元よりこういった子供が生まれてくるのは、清宮家では当たり前の事だったので、家の者は驚かなかった。  清宮家は神社を司る禰宜を生業としているが、大元の収入は、予知の能力や、除霊などで、昔から政治家や経営者、霊障に困る人を助ける事で生業を立てていた。  とはいえ、霊障に困る人たちからは気持ちだけ受け取り、主に政治家や経営者の成功にまつわる今後の予見で財産を増やしていたのだった。  真っ黒い赤ちゃんを病院で産むと、外に漏れたときに面倒なことになるので、神社で代々世話になっている産婆を呼んでの出産が常だった。  この痣の意味をまだ静子は、はっきりとは聞かされたことはないのだが、少しだけそういったものがみえる静子にはこの痣が守りになっている事だけは何となく感じ取っていた。  というのも、この家の人たちは皆霊力を持ち、自分の身の安全は自分で守れる人たちだったのだ。  静子も少しだけでも見えると言う事で、ある政治家の家の娘だったのだが、この家からの要望で嫁に来たのだ。  元より政略結婚をさせられるために育てられた静子は逆らう事はしなかった。  何より霊力が少しだけある静子は普通の生活は結構面倒だったり恐ろしかったりしたものだが、嫁ぎ先が神職の家であり、夫となる満男は霊力を持ち、そのうえたいそうな美男子だったのだ。    満を産んでしばらくたつと、ようやくその黒い痣の意味をはっきりと教えてもらえた。  この神社には禍々しいものが住み着いているのだが、大人たちはしっかりと霊力を身に着けているので襲う事はできない。    子供であるうちはまだ霊力は弱いので、この黒い痣である護りが禍々しい者から守ってくれるのだった。  清宮家では子供が生まれると家の中で家庭教師をつけ、義務教育も家の中で行う事が常となっており、それに関しては役所も色々と言ってはこなかった。  それというのもこの家の子供が黒いのを役所の人も知っていたからで、一種の障害者扱いになっていたのだ。  除霊も予見もできるのはこの家で真っ黒な痣を持って生まれた子供だけだったからだ。もちろん大人になってからも予見も除霊も行うが、除霊はともかく、予見は赤ん坊の時ほど当たる確率が高いのだ。  常に第一子となる男児がその責を担う。  そして、第二子は望んでも生まれない。  第一子が女児だった場合は死産である。    神社なのに、何故、禍々しいものがいるのか、静子は最初は不思議だったのだが、この神社は昔の酷い戦の後、霊を鎮めるためにこの地に建てられたもので、幾世代にわたっても、祓えない者たちがどうしても残っているのだ。  そういった禍々しいものから守る為、ご先祖様たちの霊が集結して第一子を守る。その手段がこの黒い痣となって現れるのだそうだ。  満の母の静子は家の人や夫の満男から生まれてくるのは男の子で真っ黒な痣を持って生まれてくると知らされてはいたが、生まれてきた息子を見た時にはやはりショックだった。  自分の産んだ子供がこの家の遺伝とはいえ、本当の真っ黒い姿で生まれてきたのだ。  それは痣というにはあまりにも真っ黒だった。  満は代々のこの家の人たちと同じ黒々とした髪をして生まれ、目も黒目がちで、まつ毛も濃いので、目を開けていても、真っ黒に見えるほどなのだ。  口を開ければふつうは可愛いピンクの歯茎がのぞきそうなものなのだが、口の中の粘膜も痣に覆われ、真っ黒な口でおっぱいに吸い付いてくる我が子を最初は恐ろしいとすら思った。  けれど、やはり自分のお腹を痛めて産んだ子がおなかを空かせて泣いていれば、情が湧く。まして、この黒い痣が護りなのだったら嫌う必要もない。  真っ黒な塊の我が子を普通より色白の静子が胸に抱き、授乳をする。  時折白い母乳が満の口の周りに残ることがあると、 「あぁ、本当に私の母乳を飲んでいるのよね。」  と、ほっとするのだった。  清宮家の子供達は16歳になるとだんだん痣の色が薄くなり、成人になる頃にはすっかり色白になってしまう。  赤ん坊には予見などできないのではと思うのだが、満は3か月からはすでに予見を始めさせられた。  政治家や経営者が自分がこの行動をして大丈夫か聞きに来る。  お伺いを立てるための和紙に、その旨を書き、祭壇の中ほどにしつらえたベッドに満を寝かせ、そのまえに和紙を置く。  その願いが成就すると満が予見すれば、ご機嫌よく笑い、失敗すると予見すれば満は泣き出すのだ。  赤ん坊の時から3歳までがが一番予見率が高いのだという。  静子は赤ん坊の満が笑ったり泣いたりするだけで、本当に予見が当たっているのかが酷く心配になったけれど、3か月後か半年後には予見が当たった政治家や経営者はお礼を言いに再び清宮家を訪れるのだ。  3歳までは予見が当たる確率はほぼ100%なのだという。  家の中に居させてはいるが、段々と知恵がつくと予見の確率は減ってくるのだそうだ。  小学校に入る年まではなるべく余計な知恵をつけない様に静子も言われていたので、満との関りは、普段の三度三度の食事や入浴に限られていた。  ただ、愛情が不足しないように、常に満に気を配るよう、思う存分愛情を注いで育てる事のできる環境にはあった。  小学校も6年生ごろになると予見の確率は半分くらいになる。  それでも、それを承知で不安が多い政治家や経営者は予見をしてもらいに来る。  長子は小学校に入った頃から祝詞を教え込まれ、霊力の確認をされ、修験者のような修験にも連れて行かれるようになる。  そして中学を卒業するころから段々と黒い痣は色が薄くなってきて、顔立ちなどがうっすらと肌色に近くなってくる。  満は16歳になった頃から目立って黒い痣が消えてきた。  元々家の人の言うのには、満ほど黒い痣を持った赤ちゃんはいなかったとのことだった。  それだけ、禍々しい物から見たら恐るべき存在で護りが強くついていたという事の様だ。    結果としては、満は修行を軽々とやってのけ、霊力も強く、他の跡取りの子供よりも早く黒い痣は消えてしまった。  18歳になる頃には、既に自分で自分の身を守れるだけの霊力を身に着けていたのだった。  清宮家では満の忌明けのお祝いをした。  特別なことはなく、父親である満男が神職の最高位になり、満には学業の自由が与えられた。  満は既に大検の資格を取っており、痣が消えたので堂々と大学受験をすることができた。  家を一度出て、一人暮らしをしながら一般の人々との交流をして、偏りのない人間になる為の修行の時期が来たのだ。  将来一人暮らしをすることは分かっていたので、母親の静子は小さいときから満と一緒に、よくお料理を作った。  修行に出ている時には満男から野外での過ごし方を教えられていたので、キャンプなどは得意分野だった。  静子は父親の満男によく似た、男にしては美しい顔立ちの、すっかり護りがとれた色白の満と離れることがとてもさみしく感じたし、これまでの長子よりも2年早く家の守りもあったこの清宮家から出て行くことに不安も感じた。  けれど、すっかりと黒い護りを脱ぎ捨てた満はもう大人の顔をして、 「母さん、色々心配かけたけど僕は母さんが真っ黒な僕の事を心から可愛がってくれたことを忘れないよ。」  と、言って、家を出て行った。  嫁に来た人間の中には、自分の産んだ子供が真っ黒だったことにショックを受け、産んだ後出て行ってしまう母親も少なくはなかったのだ。  清宮家も自分の子供を受け入れられない母親には、口止め料を払って出て行ってもらっていた。外に漏れるようなことがあれば命の危険があると脅したうえで。  静子は久し振りに子供をきちんと育て上げた嫁だったので清宮家でも大切にしてもらえた。  やはり、母親の愛情の有る無しで、その後の霊力が不安定になったりする長子もいたからである。  満は赤ん坊のころから黒い護りを感じながら生活していたし、その護りのおかげで、和紙に書いてある予見を当てることができるのを、意識しないで行っていた。  意識するようになってからは、黒い護りと語らう事もしていた。  それは自分の祖先の御霊で、古い古い昔からの色々な出来事を知っているので、予見もすることができるのだった。  予見をするのは最初の赤ん坊の頃は黒い護りの人たちで、段々と人間として成長していく長子に判断を任せていくのだった。  満は大人になっても予見を半分以上の割合で当てることができる、稀な人間に育ったのだった。除霊なども小さい頃から進んで行って、どんどん徳を積んでいた。  黒い痣が自分の子供にもできることを知っている満は自分のお嫁さんも慎重に選んだ。  できれば、自分と同じように母親の愛情を受けて育ってほしかったのだ。 『きっと、静子と同じような、愛情深い女性を探してこよう。』  そんな気持ちも持ちながら、これまで交流した事の無い人々との出会いにワクワクしながら家を出る満なのだった。 【了】                
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