第三章 優しい上司

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課長と話をするために連れて来られたお店は前に行ったラーメン屋とは違った、落ち着いた雰囲気の割烹料理屋だった。どうやら課長の馴染みのお店みたいでいきなり訪ねたにも関わらず個室を用意してくれた。 夕食がてらに頼んだ料理はどれも繊細で美味しい和食のコースだった。食事と一緒に運ばれて来た日本酒をチビチビと飲みながら岸岡さんとのことを課長に話した。 「えっ、別れた?」 別れた理由を訊いた課長は少し驚いてすぐに申し訳ない顔をした。 「いや……申し訳なかったね。僕があの時君に声を掛けなければ……その……」 「いえ、あの場合無視する方がおかしいと思います。普通挨拶、しますよね」 「まぁ、それはそうなんだけど」 「きっとこれでよかったんです。彼が異常に嫉妬深いということが早々に分かって……私……」 「その……不躾だとは思うが聞いてもいいかな。たった一度の嫉妬で何故別れるまでに至るのだろう」 「……」 「女性は嬉しいものなんじゃないのかな。好きな男から嫉妬されるということはそれだけ愛されているというバロメーターになるというか……少し言葉は悪いかも知れないけれど」 「……そうですね、そうやって考える女性も確かにいますね」 「……」 「でも私は違います」 「……」 「……怖いんです。私の言葉を信じないで勝手に決めつけて暴走して私の心を縛り上げる身勝手な行動が……怖くて堪らないんです」 「……」 「私は過去に色々あって……だから身も心も傷つけられそうになると怖くて……恐ろしくて……」 「……」 「うっ、うぅ……」 アルコールのせいか、ほんのり酔った口は滑らかになっていた。普段理性で押し込めていた本音がこの時、課長に対して堰を切ったように溢れ出して来る。そしてそんな私の愚痴に近い話を課長はお猪口を傾けながら静かに訊いてくれていた。
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