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――そこは、空気が普通より柔らかくなって身体の中にすっと入り込むような、そんな特有の匂いがする特別な場所だ。その匂いを私は、今までに詰め込まれてきたんだろうたくさんの音楽の残り香だと思っていた。
そしてその場に足を踏み入れることができるのは、そう。
今日みたいな特別な日だけだ。
冷たくてつやつやした石でできた受付も、高級そうなクリーム色のカーペットが続くホワイエも、見渡す限り色とりどりに着飾った子供達で溢れている。
まるで花畑のようなホワイエにひとりで立っていた私は、ひときわ目立つ女の子を見つけた。
近づいてみて、目を見開く。知ってる子だった。
私達の歳にしては大人っぽい真っ赤なドレスを着こなした子だ。話しかけると、あちらも私のことを知っていてくれたようで、素直に嬉しくなる。
その子は私と違って大人と一緒にいた。しかしその人に何か水を差されるようなこともなく、私達はおしゃべりをして笑いあっていた。
顔と名前はそりゃあ同じ学校にいるのだから知っていたけど、お互いの演奏を聴いたことは今までに一度もなかった。出場順を伝えあって、そのときはただ、その子の音を楽しみにしていた。
……純粋に楽しみにしていたのなんて、この日が最初で最後なんだけどね。
その子の赤色は、真っ黒な楽器と降り注ぐ照明によく映える。椅子に座ればもう、赤い大輪の花が咲いたようにしか見えない。
ひとことで言える。特別だった。
そのときは、そのときは簡単に、彼女のピアノに魅了されていた気がする――。
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