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 ふたつ下の妹の采雪は小さい頃、外では大人しいのに裏では癇癪持ちだった。そんな妹にも手を焼いてきたが、実はもうひとり若干こじらせた癇癪持ちが身近にいる。あれを癇癪と言っていいのかはよくわからないけど。でも彼女も、幼い頃はとても癇の強い子で周囲に手を焼かせていた気がする。ちなみに、三女琥春のことではない。あれは我が家の天使兼アイドル。  とにかくそんな子がいて、家族相手のように正論をぶつけるわけにもいかないから頭を使う必要があり、そうなるとこの人のほうが難易度高かったりもする。 「絶対こっちのほうが良いから。具体的だし個性もあるしさ」  私達は今、体育大会へ向けたクラススローガンを決める話し合い中だ。  もうみんな来年には成人する立派な高校生。その上うちのクラスは男女問わずノリが良く仲良しなのもあり、大抵こういうことは適当に喋りながらもスムーズに決まるんだ。  この人が文句さえ言わなければ。  学級委員として前に立ち話し合いを進めていた私は、事の収拾をつけるために教壇から降りている。その姿で何となく察してくれたのだろうみんなが一斉にため息をついたような気さえした。ごめんみんな。  40人の意見を一気にまとめるのは大変なので、6人ほどで作った班ごとに意見を出す形式をとっている。私が今立っているのは廊下側のとある班。 「ねえ夏音もそう思わない?」  円満に進む話し合いを止めたイライラ口調の彼女、それが幼馴染のあの鳴間である。自分の意見だけを主張し続けて妥協しない鳴間に、向かいの女子が呆れた半笑いで私を見た。  至極どうでもよ過ぎるので詳細は省く。まとめると、彼女の望む案がクラス全体の意向とずれていた、それだけだ。  彼女は昔からこういうのにいちいち反応してしまう。自分の正当性を、様々な根拠と共に永遠に訴え続ける。  小学生のときなんかは周りの子も真剣だったからしょっちゅう対立したものだ。大体、相手側の誰かが泣く騒ぎにはなっていた。揉めるたびに鳴間は私を自分の陣地に引き込んでくるが、私はそれをうざがるタイプの生徒ではない。鳴間の仲良しとして、全力で仲介してこのめんどい争いを終わらせる役目を負っていた。というかそれを周りから望まれていたのを感じて役目を全うしていた。それが今も引き継がれている。  それはもう面倒なんだけど、それぞれ癖の強いみんなを調和させるその頃の経験が、まとめる立場の多い今に活かされているような気もする。  ……そういえば中学生になってからのいつか、不機嫌な鳴間にはらはらしていたら周りから大人な対応をされて、静かに衝撃を受けたことがある。あれはいつだったかな。小学生時代に大喧嘩してたのと同じ子達なのにみんなが完璧に落ち着いていて、誰もあのいらついた声を発することがなくて。  そんな中、高校生になっても昔とちっとも変っていない鳴間。挙手して反対するんじゃなくて、こっちが話してるときぶつぶつ何か言って、班の子が私を呼ばざるを得ない状況にするからこれがまた面倒くさい。  でも彼女を悪く言い過ぎてもいけないんだ。だって、プライドが高すぎて自分が正しいと信じ疑わない彼女だから。話して話して少しずつクラス全体の意見に寄せていくのがいちばん良い対処法だ。  ずっと仏頂面の鳴間と地道に対話する。ほっといてもいいことないから、どうでもよくても今解決してしまわないといけないんだ。  気まずそうだったりうんざりしてたりする班員の子達。班で鳴間の隣に座る伊吹くんはじっと私を見つめて待っている。  やがて決着をつけるまでのスピードは、自己ベストとまではいかなかったが割と早くて、班の女の子達から感謝の目線を向けられた。伊吹くんのは労いだった気がする。ついでに前に立つ諸々の幹部系の人達にはそれらを言葉で貰って、やっと話し合いを終えることができた。  ふと振り返って、小学生のレベルと何ら変わらないことをしているこの現実にほんの少しだけ嫌気がさした。前あまりにもいらついたからそれを鳴間に言ったら、こういうのをちゃんと考えないで決めるほうがレベルがなんたらかんたら言われてすんでのところで舌打ちを止めた経験があるので、絶対もう言わない。あれは地雷だ。  あ、1回だけ鳴間相手に舌打ちしたことあるな。  私達の中で闇に葬られた出来事、まあただの喧嘩なんだけど。小学校の2年か3年とかだったが鮮明に覚えている。頭に血が上るってこういうことなんだなって思った。  色々あったのだがこれもどうでもいいので纏めると、ピアノを馬鹿にした鳴間に私がブチギレた、以上。私の弾くピアノを下手くそだと貶されたならまだ良かったかもしれない。ピアノという存在や良さそのものを否定されたらそれはもうキレるしか、思い出したらまた頭に何か上っていくのを感じたのでもうやめる。  夏音が本気で怒ってるとこ見たことなーいと多くの友達に言われるが、間違いじゃないと思う。部活で先輩として厳しいことを言った覚えはあるけど別に怒ってはなかったし。どっかの幼馴染がピアノについて言及し始めた暁には私が声に圧を含ませていくので爆発するまで発展することはない。  自分の身は自分で守る。それが世界で生きる第一の基本だ。
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