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ネタをやるよ。
親友の一言に釣られ、僕は一年ぶりに居酒屋で落ち合うことになった。
本当は静かな場所で話を聞きたかったが(鮮明な録音データを残す意味でも……)親友曰く、飲まずには語れないとのことで了承した。
せめてもと、駅から少し離れた居酒屋の個室を取り、駅で待ち合わせをする。
改札から出てきた親友は少しやつれていて、これはよっぽどの事が彼の身に降りかかったのかもしれないと、不謹慎ながらルポライターとしての血が騒いでいた。
予約していた半個室の居酒屋の席に着き、早々にビールを二つ頼む。録音の許可を取り、できる限り彼の声が録れるようにと近くにボイスレコーダーを置いた。
「で、何があったんだ?」
ビールで乾杯し、一口目を喉に流し込んだところで僕は早々にスイッチを押して尋ねた。
彼は勢いをつけるためか、ジョッキを傾け半分ほど減らしてから息を吐いた。
「明日、地元に帰る」
「はぁ? イラストレーターの仕事はどうしたんだよ」
だし巻き卵に伸ばした箸を止めて、親友の顔を見る。
彼は昔から絵を描くことが好きで、そういう仕事に就くことをずっと夢見ていたはずだ。大学も美大出身、漫画家のアシスタントを経験し、長い下積みの末にやっと希望する会社のイラストレーターとして働いていたのだから。そう簡単に辞める決断を下せるように思えなかった。
「会社は辞めた。さすがに地元に帰ってまで続けられないからな」
「せっかく叶った夢なのにいいのか?」
「在宅で出来るとこを見つけたんだ。ただその分、賃金が低い。本当はフリーランスで出来たら良いんだがな」
とにかく絵を描く仕事まで辞めていないことに安堵する。それにまだ三十代前半。立て直そうと思えば、いくらでも出来るはずだ。
「それで、そんなにまで追い詰められた訳は?」
核心に迫るように問うと、彼はもう一度ビールに口をつけた。それから、眉間に深い皺を刻んで語り出した。
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