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薄い座布団に言われるがままに腰掛けたところで、俺は部屋を見渡した。殺風景な部屋の中にある異質な存在に、俺は目を止めた。
薄汚れた壁に浮かんだ大きな黒い染み。ざわっと鳥肌が立った。
ただの染みなら、別になんとも思わなかった。そうじゃない。それは成人女性ぐらいのサイズで、しかもロングの髪だと一目で分かるように形作られていたんだ。
ちょうど俺の目線より高い位置に顔があって、立ち尽くしているように見えた。ただの黒い染みのはずが、何故かそんな錯覚すら感じていた。
グラスを目の前に置かれて、俺はやっと旧友の顔を見た。そいつは困ったような、諦めたような複雑な笑みを浮かべて俺の前に腰を下ろした。
この染みについて聞くより先に、そいつは「ウエディングドレスを描いて欲しい」と言い出した。俺はどこに描けばいいのかと尋ねた。
聞かずとも分かっていた。だけど俺はあえて聞いていた。
そいつは苦笑いをしながら、「ここ」と壁を指さした。
頭のおかしいことを言っている。あきらかなはずなのに、俺は「でも、ここ賃貸だろ」と何故か正論で返していた。
「問題ないから。やって欲しい」
そう言って、そいつは茶封筒を俺に差し出した。それなりの厚みがあるのが分かって、少しだけ戸惑った。
「足りなかったら言って」
そういうことじゃないと、喉元まで出かかった。だけど何故かその時は金縛りにあったみたいに、何も返せなかった。決して金に目がくらんだわけじゃないからな。誤解しないで欲しい。本当にあのときは、自分でもどうかしていたと思う。
俺が黙っているのを了承と受け取ったのか、今度はウエディングドレスのカタログを机に並べ出した。それから、その中の一冊を取り出してページを捲った。
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