黒影

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 あれは去年のこと。ちょうど都心で梅雨入りが発表された頃だった。  高校時代の旧友から突然、スマホに着信があった。十年ぶりぐらいか。驚きと同時に、まさか今話題の宗教勧誘かもしくはネズミ講じゃないかと出るのを迷ったんだ。でも、高校時代の仲間で集まろうという誘いという可能性もあって、折り返しの電話をした。  十年ぶりに聞いた旧友の声から懐かしさを感じなかった。それどころか、思い返してみれば気味が悪かった。 「絵を描いて欲しい」  旧友の話は俺の想像とは全く違っていて、仕事の依頼だった。どうして知っているのかと不信感があったが、「高校時代によく絵を描いていたから」というだけのことだった。  確かに俺は年中絵を描いていた。美術部だったしな。そんなことを覚えていたのかと驚いたが、まぁ言い分としてはおかしくない。  それに俺はフリーランスとしてゆくゆくはやっていくつもりでいたから、これも何かの縁だと思って引き受けることにした。  それからお互いに都合の付く翌週に、駅で待ち合わせをすることになった。  駅で落ち合ってから案内されたのはカフェでもファミレスでもない、古びたアパートだった。  明らかに築五十年以上は超えている二階建ての木造アパートで、悪いが絵に金を払えるような余裕がなさそうだった。  知人のよしみでなんて甘いこと言われたら、さっさと帰ろう。  俺はそんなことを思いながら、一階の薄暗い角部屋に案内されていた。  ドアを開け、促されるままに中に入る。玄関上がってすぐ右にキッチン。左に浴室とトイレが備え付けられているようだった。想像していたよりも中は整理されていて、六畳ほどの畳の部屋には机と本棚が一つだけ置かれていた。
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