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「これとかどうかな?」
そう言いながら、そいつは壁に向かってページを見せる。俺は呆気に取られながらその様子をただただ見ていた。
「頭のおかしい奴だって思ってるんでしょ。そんなこと自分でも分かってる。でもね、彼女は本当にいるんだ。僕には見えている」
ページを捲り、彼女に見せる。
「これかな? こっちもいいね」なんて言っている姿は、本当にそこに存在しているみたいで演技には見えなかった。
嘘だと思うだろ。だけど、本当なんだって。俺にまでその染みが本当に女性の姿に見えるぐらいで――何だか、ずっとこの場所にいたらおかしくなりそうだった。
俺は「じゃあどれにするか決まったら連絡くれよ」と言い残して、何とかそいつの家を出た。
まるで悪夢を見たんじゃないかってぐらいに、俺の背中は冷たく濡れてたんだ。ここには来ない方がいい。気味が悪いし、こんな仕事受けるべきじゃないと頭の中では分かっていた。だけど、封筒はすでに鞄の中に入っていたし、正直返すのは惜しい気持ちもあったんだ。
だから早く終わらせて、関わるのを辞めることにした。
それから一週間して、再び呼び出しがあった。その場で仕事が出来るように、俺はそれなりの画材道具や資料を持参してアパートを訪ねた。
話し合いは順調だった。彼女と言って良いのか分からないけれど、相手が気に入っているというドレスがあってそれを下敷きに、アレンジを加えて下書きをした。提案している間は俺も、良い作品に仕上げたいという思いが強くてさ。いつの間にか夢中になっていた。
帰り際に「やっぱり頼んで良かったよ」と言われた時には、やりがいすら感じられたぐらいだ。それから何度か行き来して、いよいよ作業に取り掛かることにした。
画材にはアクリル絵の具を使った。部屋の壁に絵を描くなんて、やったことのない作業はさすがに緊張で手が震えそうだった。それ以上に、気味の悪い染みに触れるのも気色が悪い。まぁ始めたら夢中になってて、気にならなくもなってたけどな。
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