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「会社で上司からパワハラを受けていたんだ。毎日毎日、仕事に行くのが苦痛で仕方が無かった。もういっそのこと、死んだ方が楽だなんて思っていた時、急に壁に黒い染みが浮き出して……それも日に日に大きくなって、気付いた時には彼女が現れたんだ」
元々あったのではなく、突然現れた黒い染み。そんなことあり得るのか、疑いたくもなるが俺は実際にその黒い染みを見ているだけに、否定は出来なかった。
「それからあの形になって、毎日僕に話しかけてくるようになったんだ。大変だね、お疲れ様って」
あきらかに妄想だ。だけど最初に話を聞いた時と違って、俺は怖いとしか思えなかった。嘘を吐くなとか、病院に行けとか言わなかったのは、俺もあの黒い染みと何度も会っていたからかもしれない。
「それから僕の人生は変わった。家に帰れば彼女がいて、毎晩慰めてくれる。それだけで、僕はどんな仕打ちも耐えてこれたんだ」
駅についたことで、そいつは「本当にありがとう」と話を打ち切った。
俺もそれ以上は追求しなかった。
それからしばらくして、警察から連絡があった。死んだって。
正直、予感はしてたから、驚きは少なかった。
警察から話を聞きたいと言われたのには参ったけど、俺が最後に会った人間だと言われれば仕方がないと応じた。
死因は服毒死。タキシード姿で壁に凭れていたらしい。会った理由を聞かれた俺は、アイツから依頼された絵の話をした。信じて貰えないと分かっていたけれど、警察が首を傾げていて何だか落ち着かない様子だったのは、さすがに不審に思った。
でも、理由はすぐに分かった。俺の描いた絵が壁になかったからだ。
写真も見せてもらった。見つかったのが遅かったせいか、壁にはもたれ掛かったアイツの染みが残されているだけで、あの女の形の染みはなかった。
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