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「お嬢様、大学はどうでしたか?」
「……どうって、なにが」
「あ、えっと……お友達とか」と、狼狽えたように言う。
こいつは、さっきの女学生たちの会話を聞いていなかったのだろうか。
「……べつに。あたし、友達いないし。あんた、喧嘩売ってんの?」
アルトがあからさまに動揺する。
「いえ、そんなつもりは……出過ぎたことを、申し訳ありません」
そのまま、アルトは押し黙った。
最初は、割のいい仕事を見つけた、とでも思ったのだろう。
財閥の令嬢専属の執事兼ボディガード。
たしかに給料はいいだろう。でも、それなりに神経を使う仕事でもある。
だって、あたしになにかあったらすべての責任を負うことになるのだから。
飛び抜けた容姿を持つ令嬢のあたしは、幼い頃からトラブルに巻き込まれることが多かった。
誘拐未遂なんて数え切れないほどあるし、その他にもこれまでかなりのトラブルに遭ってきた。
そんなあたしを心配したおじい様は、早々に専属のボディガードを付けた。
でも、そのボディガードの奴らはみんな、途中で仕事を放棄した。
逆に誘拐されかけたこともある。
ひとと関わるのがいやになったのは、中学生の頃だった。
いろいろあって、あたしの性格はねじ曲がった。
その結果、性悪なわがまま令嬢が誕生した。
あたしの噂が周囲に知れわたると、案外トラブルは減った。みんな、あたしに関わろうとすることをやめたから。
バックミラー越しに、アルトと目が合う。
「……ねぇ」
なんとなく、気になったことを聞いてみようかと思って口を開いた。
「はい」
「……あんたって、なんでこんな仕事してるの」
「え?」
「ボディガードよ。あたしみたいなろくでもない女に毎日毎日罵られて、いやにならないの? こんな小娘に、毎日奴隷みたいにこき使われて」
訊ねながらあたしは、窓の外へ視線を向けた。流れる景色をぼんやりと眺めながら、返事を待つ。
……が、アルトは珍しく無言のままだった。
沈黙が落ち、バックミラーへ視線を戻した。
アルトは戸惑うように視線を泳がせつつ、あたしと視線を合わせる。アルトと目が合い、あたしは気まずくなって思わず目を逸らした。
「……べつに、どうだっていいけど。今のは忘れて。ただ聞いてみただけだから」
「……はい」
「……あ、そういえば、今日なんで迎え遅れたのよ」
「……あぁ、実は、以前のボディガードから引き継ぎ受けていたんです」
「ふうん。じゃ、さんざんあたしの悪口聞かされてたんでしょ」
以前のボディーガードは、かなりあたしを嫌って辞めていったから。
「まさか。そのような話ではありませんよ」
「ふん、どーだか」
それからまた、沈黙が続いた。こういうとき、いつもならアルトがしょうもない話を始めるのだが、今日に限ってはなぜか無口で、そんなもんだから、あたしはあまり落ち着かない。
だから、だ。あたしはじぶんでも驚くようなことを口走った。
車が屋敷に着く直前、
「あのさ」
「はい」
バックミラー越しに、アルトと目が合う。
「もし……あたしがあんたのことを好きになりたいって言ったら、どうする?」
急ブレーキの音がけたたましく鳴り響く。
がくん、とシートベルトに身体がめり込んだ。
「ったぁっ……!! ちょっと!! なにしてんのよ!」
ハンドル操作を誤ったらしいアルトをミラー越しに睨みつけると、アルトは慌てて頭を下げた。
「もっ……申し訳ございませんっ!!」
謝りながらも、あたしを見ようとしない。こころなしか、耳が赤くなっている気がする。
……は?
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