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『あのさ、もし……あたしがあんたのこと好きになりたいって言ったら、どうする?』
なんで、あんなことを言ったんだろう。
じぶんでじぶんが分からなくて困惑した。
部屋に入って、頭を抱えた。しばらく勉強なんて手につかなかった。
なんであんなことを言ったのかいくら考えても分からなくて、結論としてあたしは考えることを放棄した。
***
それからというもの、あたしはさらにアルトへの態度を悪くした。
でも、アルトのほうは変わらなかった。
あたしがどんなわがままを言っても、困ったように笑うだけ。それがさらにあたしの心をざわつかせるから腹が立つ。
「お嬢様、よろしければティータイムをなさいませんか。お嬢様がお好きだと会長から聞いて、取り寄せてみたスイーツがあるんです」
「いらない」
すかさず言うと、アルトは少し残念そうにジャムたっぷりのクッキーを下げた。
「……失礼いたしました。ご気分ではありませんでしたね」
「そんなものより、チーズケーキが食べたい。買ってきて。今すぐ」
アルトの顔に、パッと歓喜の色が灯る。
「かしこまりました」
揚々と部屋を出ていくアルトの背中を見つめていたら、胸がちくりとした。
でも、じぶんの衝動が止められない。
「こんなのいらない!」
がちゃん! と皿が割れる甲高い音が部屋に響く。
アルトは床にちらばったぐちゃぐちゃのチーズケーキを困惑気味に見つめた。
「ですが、お嬢様がチーズケーキが食べたいと……」
「あたしは、ルビーファクトリーの限定のヤツしか食べないの! あんたあたしの執事でしょ! 好物のひとつも知らないで、なにが引き継ぎよ! なにも分かってないじゃない!」
アルトがハッとした顔をする。
「申し訳ありません。すぐに買い直してきます」
「いい! もういらない!」
「お嬢様……」
ベッドに潜り込み、丸くなる。
「申し訳ございません」
かすかにため息が聞こえ、直後扉が閉まる小さな音がした。
翌日、あたしは大学を休んだ。
心配するアルトを一方的にはねつけ、罵声を浴びせたり、無茶なことを言って困らせた。
それでもアルトはあたしがどんなにわがままを言っても、困った顔で笑って、受け入れた。
どれだけ罵倒しても、どれだけバカにしても。
そんな日々が半年続いた。
いい加減、あたしのほうが我慢できなくなった。
だから、アルトをクビにすることにした。
「クビ……?」
アルトが呆然とあたしを見つめる。
「……なぜ」
「もう無理。おじさんだし臭いし、あたし、やっぱりボディガードならイケメンがいいの。もうべつの候補のひと見つけてるから、今日中に荷物をまとめて出ていって」
べつの候補なんて口から出まかせだ。
とにかく、こいつの顔を見たくなかった。
「待ってください。私、なにか粗相をしましたか」
「なに、あんた、じぶんの仕事が完璧だとでも思ってたの? 粗相だらけだった気がするけど」
「…………」
「とにかく、そういうことだから」
わざと音を立てて扉を閉める。
あたしは扉に背をもたれて、深く息を吐いた。
胸の痛みを誤魔化すように、目を瞑る。
これでいいのだ。
このままだと、手遅れになる。
『ローズ』
耳奥に響くのは、両親の笑い声。
『ローズ!』
それから、あたしを呼ぶ親友の声だった。
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