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呆れていると、ふとじぶんたちの置かれている状況のことを思い出した。
「……てかそれより火事じゃん! 早く逃げないと」
「あ、それについてはご安心ください。火事というのはフェイクです」
「……?」
開いた口が塞がらない。
「……フェイクって……え、なにそれ、うそってこと!?」
「はい。真正面から乗り込むより安全かと思いまして」
呆気に取られていると、縄が解けて窮屈さが消えた。
「とはいえ、いつまでもこんなところにいても仕方ないですし、そろそろ出ましょう。立てますか?」
「……うん」
手を差し伸べられ、その手を取る。足に力を入れると、くらりとした。
「わっ」
バランスを崩したあたしを、アルトが支える。大きな手が、思いの外力強くあたしを抱き寄せた。
「ご、ごめっ……」
身体が密着していた。ハッとして、息を詰める。
「……大丈夫ですか? お嬢様」
「……ご、ごめんなさい。腰が抜けちゃったみたいで」
みっともなくて、恥ずかしくて、耳まで熱くなる。
あぁもう。最悪。
顔なんて上げられない。きっと、こんなあたしを見てアルトは笑ってる。
「……いいザマだって、思ってんでしょ。笑っていいわよ」
「……まさか。笑いませんよ」
座り込んだまま、うなだれるあたしの前に、アルトがしゃがみこむ。
ぽん、と頭の上に大きな手が乗った。
涙目のまま、でもぜったい泣くまいと思いながら顔を上げると、思いのほか優しい顔をしたアルトがあたしを見つめていた。
「お嬢様、申し訳ありませんでした」
アルトは言いながら、あたしの髪を優しく掬う。
「……な、によ」
訊ねると、アルトはあたしの髪を見て、申し訳なさそうに顔を歪める。
「私の判断が間違っていました。フェイクなど使わず、すぐここへ乗り込んでいれば、あなたのこのきれいな髪が傷付けられることはなかったのに」
「……べつに、髪くらいどうだっていいわよ」
「…………」
アルトはただ悲しげに、あたしを見ている。
たまらなくなって、あたしは唇を噛み締めた。
「なによ……」
そんなあたしを、アルトはやっぱり優しく見つめている。
「……怖かったでしょう。よく頑張りましたね」
「……怖くないし」
「はい」
「……ムカつく」
「すみません」
「……ねぇ、アルト」
「はい」
「……ありがとね」
ぽそっとお礼を言うと、アルトは満足そうに微笑んだ。
「どういたしまして」
続けて優しい声音で、
「帰りましょう?」
とあたしに言う。
「……ん」
頷いたあたしをお姫様抱っこすると、アルトは気遣うようにゆっくりと立ち上がった。
「ちょっ……降ろして!」
「暴れないでください、歩けないんでしょう?」
恥ずかしさを堪え、あたしはアルトから顔を背ける。
「ところでお嬢様」
「……なに」
「クビの件……なかったことになりませんか? 私、今職を失くすとちょっと困るといいますか……」
「大失態犯しておいて、なに言ってるわけ? あんたなんか即刻クビに決まってるでしょ」
「ですよね。返す言葉もありません」
はは、とアルトは笑う。
「……でも」
あたしは、肩に置いていた手をぎゅっと握り込む。
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