わがまま令嬢はある日突然不毛な恋に落ちる。

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 昼下がりの大学、校門。  晴れた空の下、あたしは仁王立ちで校門前に立っていた。  すれ違う学生たちはいずれも、あたしの容姿に足を止めて魅入る者、足は止めないまでもちらちらと振り返る者、こそこそと噂話をする者など、とりあえずあたしに注目している。  あたしはきれいだ。たぶん、この大学ではダントツで。  あたしが通うブルーグリムガルカレッジは、多くの子爵や政治家の子が通う名門校だ。  そのなかでも、あたしは一際目立っている。国内屈指の財閥、ディスワード家の一人娘ローズ・ディスワードだから。  風にさらわれる長い銀髪は絹糸のように艶やかだし、透き通った水のような白い肌にはニキビひとつない。  あたしは、みんなが憧れる容姿と財力を持っている。  友達や恋人はいない。女子同士で群れるなんて有り得ない。  だって、完璧なあたしには完璧な存在じゃないと釣り合わないから。    そういうわけで、あたしは最近イラついている。  だって、新しい執事兼ボディガードがあたしの思う完璧とは程遠いから。  いらいらしながら校門の前に立つこと数分。  目の前に、黒塗りの高級車が停まった。  運転席から、くたびれたスーツを着た五十前後の男が降りてくる。  バン、と乱雑にドアを閉めて、男はわたわたと忙しなくあたしの元に来る。 「お待たせして申し訳ございません」 「遅いっ!」  この時点で、あたしのいらいらは頂点に達している。  あたしの怒声に、やってきた男――アルト・ハーヴァーはびくりと肩を揺らす。  アルトの額には、うっすらと汗が滲んでいた。急いで来たということは見れば分かるが、そんなのは当然のこと。だから配慮なんかしてやんない。 「も、申し訳ありません」 「使用人が主人を待たせるなんてどういうつもり? あんたはあたしの執事兼ボディガードなのよ! 待ってるあいだになにかあったらどうするのよ!」 「おっしゃるとおりです」    もう一度丁寧に謝罪するアルトを見下ろし、あたしは小さく舌打ちをした。   「次、私を待たせたらクビにするからね」 「肝に銘じます」 「いつまで突っ立ってるの。ドア、さっさと開けてよ」 「は、はい。失礼しました」  アルトは慌てて下げていた頭を上げ、車へと走る。 「足音がうるさい」 「申し訳ありません」  ぴしゃりと言うと、アルトは足を止めて背筋を伸ばした。  この冴えない男が、あたしの執事兼ボディガードだ。  新人が配属されるというから、てっきり若くていい男がくると思っていたのに。  予想に反し、来たのはコレ。  最初はなにかのドッキリかと思ったくらいだ。  おじい様ったら、いったいなにを考えているのか。  アルトはこれっぽっちも若くないし、いい男でもない。外見はさながらどこかの村男A。  五十過ぎのおじさんだからボディガードとしても頼りないし、執事としても有能かと言われると微妙。  いつも挙動不審だし、くたびれたスーツだし、とてもあたしの役に立つとは思えない男だ。  アルトが車のドアを開ける。 「どうぞ」  あたしはツンとしまま、車に乗り込んだ。 「うわぁ、ねぇ今の見た? なにあの子」  一部始終を見ていた女学生たちは、あたしの態度に唖然としているようだった。 「知らない? あの子、結構有名だよ? ディスワードの令嬢で、めちゃくちゃ美人だけどとんでもない性悪だって」 「聞いたことある。中学時代いじめっ子で、同級生を自殺に追いやったとか」 「え、なにそれ怖っ!」  女学生たちが、あたしを見ながらこそこそと噂話を始める。  ……聞こえてるっつーの。  これだから、女同士で群れるのはいやなのだ。だいたい、こういう下品な話にしかならないから。 「ボディガードさん可哀想」 「てか、あのボディガード、前と違わない? コロコロ変わり過ぎでしょ」 「たしかに〜。私、今年になって三人くらい見てる」 「クズじゃん」    ……知ってる。  あたしは、クズだ。じぶんより三十近く歳上の人間を奴隷のように扱うろくでなしだ。  だから、みんなにきらわれている。  べつにいい。  だからなに?  あたしは、あんたらの友達でも家族でもないのだから、あたしがどうしようとあたしの勝手。  ……あぁ、つまらない。  バカばっかりの学校も、家も。  というか、人生まるごと。  苛立ち紛れに噂話をしていた女学生(先輩だか後輩だかは知らない)を睨みつける。  すると、彼女たちはびくりと肩を揺らして、唇を引き結んだ。  そのまま、気まずそうに去っていく。  うざ。  バタン!  思い切り車のドアを閉めた。
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