ノア

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 肩を落として呟けば、そう返された。  それにしてもこの男は誰なんだ? パッケージにはいなかったはず。  黒髪に眼鏡をかけた地味で人畜無害そうな男。見たことある気がするのに思い出せない。 「えっと、名前を聞いてもいい?」 「寝ぼけてるの? ヴィンスだよ。一緒に騎士になろうって約束した幼馴染を忘れたの?」 「あっ、属性の説明どうもありがとう」  ヴィンスは確かHPに小さく載っていた気がする。一緒に騎士学校に入学したノアの幼馴染。この手のゲームでは、共に過ごす時間が多い同室のキャラクターが有利になりやすい。色んなキャラクターに口説かれるために、絶対に恋愛関係にならない幼馴染が同室にあてがわれたのだろう。つまりこのゲームにおいてヴィンスはモブだ。  ということは、ヴィンスといるこの部屋は僕の安息の地である。キャラクターに口説かれる心配がないのだから。  ホッとしたのも束の間、大変なことを見過ごしていて顔から血の気が引く。  転生前の僕のことだ。ゲームの世界に転生をしたということは、きっと僕は階段から落ちて亡くなったのだろう。荷物はどうなった? BLゲームの予約票が財布に入っている。日付と時間が印字されているから、落下する直前に予約したことがバレる。受け取るのかキャンセルするのか分からないが、親にBL好きを知られてしまう。僕の部屋へ遺品整理に来たら、さらにまずい。一人暮らしで誰も訪ねてこないことをいいことに、BL漫画もゲームも出しっぱなし。実家にいた時と違って隠す必要もないから、量もかなり多い。 「やっぱり家に帰る! せめて僕のコレクションだけでも処分させて!」  叫んで部屋から飛び出そうとしたけど、先に部屋の外から扉を開けられて目を丸くする。 「何を騒いでいる! さっさと学校に行け!」  鋭い声と命令口調に肝を冷やす。涼しげな目元が印象的なクールそうな美形が立っていた。 「寮長すみません、ちょっとホームシックになったみたいで」  ヴィンスが頭を下げてくれる。 「ホームシック?」  寮長は僕に目を向けると口元を緩めた。腕を掴まれて引き寄せられる。僕は寮長の胸に顔を埋めて、僕の背中に寮長の腕が回った。 「独寝が寂しいなら俺の部屋に来ればいい」  寮長が耳元へ甘い声でささめいた。僕は鳥肌を立てて身震いする。身体が拒否反応を示した。やっぱり僕はイケメンに口説かれるのではなく、イケメン同士の恋愛をひたすら見守りたい。 「すみません、時間がないのでもう出なければ」  ヴィンスが荷物と僕の腕を掴んで部屋から飛び出す。ヴィンスはいいやつだ! 僕を助けてくれた。  さっきの寮長はイケメンだった。スピンオフでスパダリに受けにされるようなキャラクターだと思う。名前が出てこない時点でこのゲームではモブだろうが。そのスピンオフはとりあえず近くで見守らせて欲しい。  この世界はモブですらイケメン揃いだ。周りの生徒を見ても粒揃い。別のゲームでなら看板をはっていてもおかしくない。  それなのにヴィンスだけが印象の薄い地味顔。ノアと絶対に恋愛関係にならないためだとしても、もう少し華やかなキャラデザにならなかったのだろうか、といいやつだから思ってしまう。
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