ノア

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ノア

「ノアそろそろ起きないと遅刻するぞ」  耳元で控えめに声をかけられた。寝返りを打って布団を頭まで引き上げる。まだ眠い。 「ノア! 早く起きろ!」  布団を剥ぎ取られて身体を丸めて身震いする。  僕はノアなんて名前じゃない。間違えて僕を起こしているのだろうが迷惑極まりない。  絶対にまた寝てやる! と意気込むが、恐ろしいことに気付いて一気に眠気が吹っ飛ぶ。  ……ちょっと待って。僕は一人暮らしだ。僕の部屋に誰かいる。  勢いよく飛び起きてベッドの足元まで逃げると振り返った。 「やっと起きた。おはよう」  腰に手を当てて眉尻を下げて笑う目の前の男は誰だ? どこかで見たような気もするが思い出せない。  視線を外してはたと気付く。目の前の男に気を取られていたから気付かなかったが、ここは僕の部屋ではない。ベッドと学習机が一組ずつ部屋の両端に置かれていて、真ん中にテーブルがあるだけの簡素な部屋だった。  寝る前の記憶がなくて混乱する。記憶を呼び起こそうと両手で頭を押さえると馴染みのないサラサラの髪。頭を掻き回す。どこを触っても指通りの良いサラサラの髪で戸惑う。  ゴワゴワとした硬い髪質の僕が、寝て起きたらサラサラのストレートヘアになっているなんておかしい。 「ノア、どうしたんだ?」  頭に触れたまま呆然とする僕に声をかけてくる男。心配そうに顔を覗き込まれる。距離を取るためにベッドから降りた。学習机まで駆ける。その上にある置き鏡に映る自分に目を見開いた。  触った通りサラサラのストレートヘアは金色で窓から差す朝日に照らされて輝いている。大きな緑の瞳を囲う長いまつ毛。桜色の頬に水々しい朱色の唇。どこからどう見ても美少年が映っていた。 「……ノアだ」 「どうした? 鏡を見て自分の名前を言って」  喋りかけてきた男に目を向ける。僕のすぐそばまで来ていたことに気付かないほど動揺していた。ふいに頭の中で映像が流れる。  ノアはBLゲームの主人公だ。僕はそのゲームの店舗特典が欲しくて予約をしに行った。その帰宅途中に歩道橋で足を滑らせて落下した。そこから記憶がなく今に至る。  これは漫画やゲームで見る転生物か?   現実世界では大学卒業後にブラック会社に勤めて身体を壊し、再就職しようと面接を受けては落ちてばかりだった。友達もいないし、唯一の楽しみはBLだった。イケメン同士の絡みをニチャァと眺めては悶えまくる日々。  だからこのゲームを買ったわけで。でも、僕はゲームのキャラクターになってしまった。間近でイケメン同士の絡みが見られるのでは?! と気付いて気持ちは浮上したけど、僕が主人公だから一気に急降下した。  このゲームのシナリオは、主人公のノアが騎士学校に入学してからあらゆるイケメンたちに言い寄られる総受け物。僕はイケメンは好きだけど、イケメンに言い寄られることを求めていない。
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