2-4. 梓恩、お願いする

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2-4. 梓恩、お願いする

 この大理局長官は、話を聞いてくれる気があるようだ ――  そう判断し、わたしは、あらためて拱手してひざまずいた。 「端木将軍。わたくしこと東宮内侍、梓恩。このたび()妃さまと侍女の桜実さんを救ってくださるよう、お願いにまいりました」 「ん……? 内侍総官派のきみが、そんなこと言っていいのか? 莉妃と桜実の早期処刑は、彼の提案なのだが」 「は? 内侍総官派? なんでわたしが?」 「家柄もない新人の宦官がいきなり、皇太子づきに取り立てられたのは彼の…… (チョウ)総官の一存だと聞いているが? 知り合いではない?」 「いえ…… まったくもって。直接お声をかけていただいたことすら、ございませんが」 「ふうん…… なるほど、ね」  含みのある口調…… 端木将軍、もしかして、わたしの正体に気づいてる?  だとしても、わたしは暗殺者になるつもりなんて全然ないんですよ。そこんとこ、わかってください。 「―― 端木将軍はなぜ、()妃さまと桜実(オウジツ)さんの処刑をお認めになったのですか?」 「宮正からは証拠が提出された。審理はされたが莉妃は弁明しなかった。桜実は吠えていたが、それだけでは、いかんともしがたい。  そもそも莉妃は夫の生命を次々と奪う悪女だと、故郷でも持て余されていた ―― 皇帝陛下は一笑に()され、善きにせよ悪しきにせよ、かほど力のある女なら役に立つこともあろう、と後宮に迎えられたが……  陛下の御身とこの国の行く末を心配する高官どもの声は、後を絶たぬ」 「つまり。処刑せぬ理由がどこにもない、と?」 「そういうことだよ、新人宦官どの」 「長官のお心は?」 「私の心情が審理を左右することはない」  なるほどね。さすが、賄賂(わいろ)のきかない清廉潔白さま……  だからこそ、わたしを追い返さず話も聞いてくれたんだろう。 「―― もし、莉妃さまと桜実さんが呪詛していないとわかれば、処刑はなくなりますか?」 「再審理にて新たな罪状がでない限りは、そうなるだろうね」 「10日…… いえ、5日。処刑を、待ってください」 「ふうん? どうして?」 「莉妃さまが処刑されなくても牛の病気がなおれば、呪詛ではない…… そうではありませんか?」 「なおせるのか?」 「はい。心当たりが、あります」  ―― 牛の献上式でわたしは、末端の宦官らしく頭をさげて、足元ばかり見ていた。  式は退屈でも、薬になる草を見つけ出していくのは、それなりに楽しい遊びだった。  けど、薬はすぎれば毒になる ―― 「もし、処刑を待たせても牛が治らないようであれば。そのときには、きみも呪詛に加担した者として、捕らえねばならなくなるが…… 覚悟はできているか?」 「いえ、それはあんまり……」 「なんだと?」 「だって、やってませんもん」  ふっ、と端木将軍が息をはいた。  笑うとかわいいんだな。後宮ゲームの隠れ攻略対象(ヒーロー)なだけある。 「いいだろう。5日、処刑を待ってあげるよ。司牧令にも連絡をしておこう」  言いながら、もう指先で形代(かたしろ)を折っている。  形代は前世のゲームでも見た伝令アイテム ―― 仙術が応用されているそうで、要件を書いて紙飛行機の形に折り、息を吹きかけ窓の外に飛ばすと、伝達事項を届けてくれる。  この世界では誰もが当たり前に使っている技だ。  こういうのがあるから、呪詛とかが簡単に信じられちゃうのでも、あるんだろうけどね。まあ、便利ではある。 「伝令よ()く行け ―― さて。これでいいだろう。きみが牛を治せるよう、祈っているよ」 「ありがとうございます」 「もし5日以内に牛が治れば、きみの勝ちだね」 「うーん…… 勝ち、ですか……」 「なんだ?」 「あ、いえ。なんでもありません」  勝ちとか負けとか、どうでもよくて。  牛さんが治って、莉妃と桜実さんの誤解がとければ、それでいいんだよね……  あっ、そうだ。 「牛が治っても、司牧の役人たちが処罰されないよう、取り計らっていただけますか? たぶん、わざとじゃないと思うので」 「それは約束できないね。過失(ミス)の程度による」  ですよね…… しょぼん。  牧場に行くと、司牧(じょう)はもう帰っていて、いなかった。  司牧丞っていうのは、牧場の現場監督みたいな立場ね。いちばん偉いのは司牧部の長官、つまり司牧令なんだけど、現場にはめったに顔を出さない。  かわりに、当直の役人が対応してくれた。  くせのある茶色の髪の、がっちりした体格の活発そうな少年。わたしと同じくらいの年齢だ。  たしか白牛の献上式の折には、礼装で牛をひいていた…… 「端木将軍からの伝令をいただいています。雪嬢(セツジョウ)たちを治してくれるそうで…… お医者さんですか?」 「いえ、わたしはただの宦官 ―― 巽龍君(皇太子殿下)づきの梓恩(シオン)といいます」 「おれ、亜芹(アキン)です…… 皇太子殿下がわざわざ、雪嬢(セツジョウ)たちのことを?」 「いえすみません、そこは、わたしの一存で…… さっそくですけれど、牛の飼料を見せていただけますか? なにを使ってます?」 「へ? エサ? なんでですか?」  亜芹(アキン)は、きょとんと目を見開いた。 「これ、呪詛でしょう? おれの父ちゃんの故郷では、牛が急に皮膚がただれて倒れるのは、魔女の呪いだって言われてるんだそうですよ。魔女が呪いをかけて、牛からありったけの乳をこっそり盗むんだって」 「うわ。魔女さん、とばっちりでかわいそう……」 「え? とばっちり? なんで?」 「とりあえず、飼料を見せていただけますか?」 「…… わかりました」  不満顔ながら、亜芹は牛小屋に案内してくれた。  白牛のために特別に建てられた小屋は、ほかの牛舎より広々として、真新しい木の香りがする。  2頭の白牛が寝藁のうえに横たわっていた。  毛皮がぼろぼろにはげ、ところどころ赤い皮膚がのぞいている ―― 献上式では輝く天鵞絨(ビロード)のようだったのに。 「こっちにいるのは雪嬢(セツジョウ)銀月(ギンゲツ)皓皓(コウコウ)(オス)なんで、隣の部屋です」 「皓皓(コウコウ)にも、この子たちと同じ症状が?」 「はい…… で、エサはこれです。みんな、食欲も落ちていて。もう少ししたら箱から取り除こうと思ってたんですが」  亜芹(アキン)が指さした飼料箱のなかには、藁と乾草に大豆と麦を少し混ぜたものが入っていた。  わたしはそのなかに手を入れて、さぐる。  もし、わたしの予想が正しければ。  このエサにもきっと、含まれているはずだ。 「…… あった…… これです」
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